寝屋川市春日神社 国松地車

皆さんこんにちは。

前回、個性的な堺型として市場東垣内地車をご紹介しましたが、もう一台とても個性的な堺型を記事にしていなかったことを思い出しましたので、記事にしたいと思います。

国松は北河内では珍しく堺型を所有しています。
この地車は明治25年に当地で新調説と明治28年に守口市金田町より購入説があり、私は垂木の金具の神紋等から後者ではないかと思っているのですが、いずれにしても北河内に堺地車騒動(明治29年)以前より存在していた、ということになり、かなりレアケースではないでしょうか。
金田町が堺と何か繋がりがあったという記述は特に見つかりませんでしたが、昭和31年発行の寝屋川市誌に明治15・6年頃までは壇尻9台が宮入した。との記述があることから、かなり早い段階で地車祭りが盛んであったことが伺えます。

話を地車本体に戻しますと、この地車は建築的な構造美と彫刻をよく見せることを重視した設計が行われており、組物は控え目ですが、とにかく長押がよく使われています。
大屋根虹梁下にも長押、土呂幕も長押で分割され他に類を見ない三段構成になっており、彫刻の面積を増やしています。
更に、彫刻をよく見せるために勾欄が彫刻に重ならないように設計されており、大きな特徴である大型の三枚板まわり・土呂幕まわりには勾欄が取り付かないようになっています。

それではご覧ください。

寝屋川市春日神社 国松地車

◆地域詳細
宮入:春日神社
小屋所在地:神社境内
歴史:地名の由来は、もと当地に大きな松があり、国中で最も大きい松という意味によるとも伝える(寝屋川市誌)が不詳。
当地は「国松の焼豆腐」といわれ、夏季旱天が少し続けば日焼けし、大雨には悪水が停滞した。悪水は、はじめ南前川沿いから寝屋川へ排出していたが、寝屋川の川床が高く排水に苦しんだ。長く用水や排水に苦しんだが、昭和30年代後半から宅地化が進行し、用水路は不要となった。

◆地車詳細
製造年:江戸時代(文化・文政年間頃?)
購入年:1892年(明治25年)?・1895年(明治28年)?
大工:堺の大工
彫刻:【彫又】西岡又兵衛・西岡京又?八?(車内に銘あり)
歴史:守口市金田町→寝屋川市国松

参考)
地域の歴史について
角川書店 『角川日本地名大辞典 27 大阪府』
購入年・地車の歴史について
山車・だんじり悉皆調査 http://www5a.biglobe.ne.jp/~iwanee/

姿見

左が前方、右が後方。

一部手が加えられている部分もありますが、殆どオリジナルで残っている貴重な一台です。

側面より

この地車の仕様は
①桁隠しなし。
②大屋根下は、枡合・台輪(4段に見せる細工)・虹梁(構造)・虹梁(彫刻)・長押の構成。
③木鼻は一段。
④脇障子あり。
⑤角障子なし。
⑥縁葛に彫刻なし。
⑦長押で上中下三分割された土呂幕。
となっています。

斜め前より

縁葛等に彫刻がなく土呂幕に長押を持つ、堺型黎明期に製作されたと思われる作品として田原本町市場地車前田地車伊丹市西野地車等がありますが、堺型はこれら3台のように彫刻される場所が少なく、建築的な構造美が目立つ作品から、より彫刻される場所を増やしていく取り組みと、量産に適した規格化が行われ、様々な形態の作品が誕生していったのではないかと私は思います。

中でも大型三枚板を持つ市場地車の形態を継承し、正面のみならず左右面共に大型三枚板を採用、土呂幕の段数を三段として彫刻点数を増やすように発展させたものが国松地車。

市場地車同様に正面のみ大型三枚板を継承し、脇障子や縁葛に彫刻を施した作品が尼崎市大官町地車。それをより量産に適した構造とし、安定感ある作品に完成させたのが守口市八雲南地車

国松地車の全面大型三枚板を引き継ぎ、より量産化に適した構造としたのが、河内長野市三日市北部地車

採用されている彫刻の題材等をトータルして見た結果、位置づけとしてはこんなところではないでしょうか。

結果的に大型三枚板仕様の堺型はこれ以外の後継モデルに生き残りませんでしたが、どれも当時の創意工夫が感じられる作品ばかりで、200年経っても魅力が褪せることは全く無く、個性溢れる素晴らしい作品ばかりです。

破風

緩やかな勾配の破風です。
堺型は後の年代の作品でもそれほど勾配の急な破風にはなりませんが、黎明期の地車は猶更勾配が緩やかです。田原本町市場地車もそっくりですね。

桁隠しはつきません。

枡組

大屋根側は出三斗組、小屋根は大斗肘木で籠彫りの雲海です。

鬼板

上から
大屋根前方:『唐獅子』
大屋根後方:『龍』
小屋根:『飛龍』

鬼板は3面とも飾目でした。

懸魚

大屋根前方:『鶴』

この地車の彫刻は花鳥モノが多いですが、この懸魚の鶴は秀作です。

大屋根後方:『鷲』

小屋根:『唐獅子』

車板・枡合・虹梁

大屋根前方
車板:『雲海』
枡合:『竹に虎』
虹梁(構造):『獏』
虹梁(彫刻):『花鳥風月』

虹梁の扁額のように取り付けられた獏の彫刻は元からこの場所にあったか怪しいです。
あり得るとしたら、現在はパーツが一切撤廃されてしまった正面土呂幕でしょうか?

小屋根
車板:『雲海』
枡合:『唐子遊び』

枡合・虹梁

右面大屋根側
枡合:『麒麟』
虹梁:『花鳥風月』

右面小屋根側
枡合:『唐子遊び』

左面大屋根側
枡合:『麒麟』
虹梁:『花鳥風月』

左面小屋根側
枡合:『唐子遊び』

小屋根側は唐子遊びで統一、少し台輪にかかるように大振りに彫刻されています。

木鼻

上が右面、下が左面。
木鼻:『松竹梅』

木鼻は唐獅子や獏ではなく、全て籠彫りの松竹梅です。
とても贅沢な作品です。

水引幕

正面:『下がり藤紋』

春日神社と言えば下がり藤ですね。

右面:『阿の龍』

左面:『吽の龍』

車内枡合・持送り

車内枡合:『唐草模様』
持送り:『牡丹』

脇障子

脇障子:『花鳥風月』

この地車が作られた頃の他の堺型を見ていると、あまり脇障子という概念が無いようで、脇障子なしの作品が殆どです。
しかし、国松地車は三枚板を大型のものとして、彫刻をよく見せるために勾欄を小屋根側に回さない。という設計思想で作られているので、必然的にこの位置に脇障子を設けて勾欄を綺麗に止める必要があったようです。

社寺建築においては、脇障子でスパッと床・勾欄を終わらせるような造りは一般的ですので、それを地車にも応用したものと思われます。

三枚板

正面:『七福神 恵比寿・毘沙門天・弁財天』

お待ちかね、この地車一番の見せどころ。大変大きな三枚板です。
三面で七福神が表現されています。

右面:『七福神 寿老人・福禄寿』

左面:『七福神 大黒天・布袋』

文政年間から現代に至るまで、人物は武者絵を主とした作品が多く、緊張感溢れるものばかりですが、それらとは完全に対局に位置する柔和な表現に満ち溢れた作品です。

こういった西岡又兵衛の秀作があったからこそ、木村一門とコンビを組んだ堺型が後の世に沢山作られることになったことかと思います。

摺出鼻

摺出鼻:『龍・高砂』

勾欄が無いので、台木から真っすぐ上に伸びる大型の摺出鼻が取り付きます。

勾欄合

前方:『波濤に千鳥』

右面:『波濤に千鳥』

左面:『波濤に千鳥』

縁葛

縁葛に彫刻はなく、小屋根側は柱に沿うように屈折しています。

持送り

まずは全景から。

圧巻の三段土呂幕です。組立、分解・整備に非常に手間がかかる作りになっています。
現在は肩背棒が四周を回っているので、少し見えにくいですが、本来は閂のみですので、遮るものが何もなく、この部分を見た時の印象は凄いものがあると思います。

持送りは組物ではない小ぶりなものとし、土呂幕の彫刻面積をなるべく稼いでいます。

前方:『牡丹』

上が右面、下が左面。
持送り:『波濤』

土呂幕

前方

どうやら後梃子は使われていないようで、車内中ほどからしっかりと固定された梃子棒が前に出ています。
梃子棒の邪魔になるためか、前方土呂幕は撤去されていますが、奥に閂を止めていた金具が見えることから、元は閂二本出しのつくりをしていたことが分かります。

後方:『玄武・亀』

正面三枚板が最下段の長押のところまで寸法がありますので、必然的に土呂幕は小さくなります。
旗台らしい旗台はなく、シンプルに受けの板がはめ込まれています。

右面
上段:『牡丹に唐獅子』
中段:『干支』
下段:『干支』

左面
上段:『牡丹に唐獅子』
中段:『干支』
下段:『干支』

上段は牡丹に唐獅子で統一、中段下段の左右12面を使って干支が表現されています。

台木

右面:『唐草模様』

左面:『唐草模様』

波模様ではなく、唐草模様になっているのも特徴ありますね。

金具

①破風中央:『唐草模様』
②破風傾斜部:『唐草模様』
③垂木先:『梅鉢紋』
④縁葛:『唐草模様』

はじめに書いた当地で新調説と守口市金田町より購入説に関連する箇所です。
当地で新調であれば下がり藤紋になるはずですが、梅鉢紋になっています。

金田町にある津嶋部神社は1633年に淀藩の永井尚政が菅原道真を合祀して、大宮天満宮と称するようになったそうですので、それらしい理由付けが出来ます。
しかし、現在津嶋部神社の祭礼に出ている地車に掲げられている紋は梅鉢紋ではなく、五瓜に唐花紋と左三つ巴紋になっているのが気になるところではあります。

取材した時間が遅かったため、非常に見えにくい画像になってしまっています。

西岡又兵衛の銘は三枚板の裏側にあるそうですが、撮れず。
西岡京又?八?の銘は撮ることができました。

いかがでしたでしょうか。

唯一無二の一台、そして銘入りの素晴らしい作品でした。
オリジナルの状態を大切に残している点が何より良く、機会を見てまた見物に行きたい一台です。

最後までご覧いただき、ありがとうございました。

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