河内長野市西代神社 西代地車

皆様こんにちは。
たまには私が好きな地車の記事を書いてみよう、と思いましたので、今回は河内長野市西代地車をご紹介します。
この地車が製作されたのは1984年(昭和59年)… 1984年以降は毎年のように複数台の折衷型地車が誕生する”折衷型地車ブーム”となっており、その最も初期に製作された一台と言えるでしょう。 必然的に同時期に同じ工務店で製作された兄弟地車が多く誕生することとなり、堺市陶器地区の辻之地車がこの地車の兄弟地車にあたります。

新調したのは堺市津久野の大東ですが、大東の下地車新調に伴い、2005年(平成17年)河内長野市西代へとやってきました。
西代へとやってきた当時の河内長野市は今以上に板勾欄型・堺型が主流で、西代神社氏子地域には下西代の1台しか折衷型地車が存在していませんでした。 今までにない大きな折衷型地車の姿に当時の地域の方は驚かれたのではないでしょうか。
その後、原石坂が折衷型を新調、お隣三日市の片添が折衷型を購入。 つい最近では上田町が折衷型を新調、市町西が折衷型を購入し、河内長野市で折衷型の存在はそれほど珍しいものではなくなりましたが、今もなお河内長野市内最大・最重量の折衷型は西代地車となっており、大変存在感のある地車です。

河内長野市西代神社 西代(にしんだい・にしだい)地車

◆地域詳細
宮入:西代神社
小屋所在地:神社横
歴史:創建の年月は不詳であるが、南北朝時代に於ては南方武将の崇敬が篤かった。
 楠正成の河内七城の一つとして元弘の昔、金胎寺城を構築した時、その鎮守として篤く信じ其の子正儀は天野山の行在所に於て、後村上天皇を守護する時、当社に祈願をこめて国家の安全と、武運長久を念じ、天皇も深く尊信せられ、吉野行幸の砌、当社に御駐輦あらせられて江戸時代天和二年八月本多伊予守忠恒は、この地方を領して陣営を置き、その子忠統は、父の遺領を継承して当社を信仰し、正徳年中には神輿・矛・手洗鉢等々の寄進があった。
 同正徳五年十月宗源の宣旨を以って、正一位の神位を授けられ、その後西代大明神と称し、明治の始め社号西代神社と改める。明治四十一年浦野神社西山神社菅原神社が合祀された。

引用 西代神社の掲示より

◆地車詳細
形式:折衷型
製造年:1984年(昭和59年)
購入年:2005年(平成17年) 
大工:池内福次郎
彫刻:中山慶春
歴史:堺市大東→河内長野市西代
姿見

前方より

背が高く、折衷型の中ではかなり大型のものです。

側面より
西代へ嫁いでから肩背棒の交換・台木の交換が行われています。 元々は下地車のように長方形の台木で、特徴あるものでした。

斜め前より
やりまわし中心のスタイルへと移り行く津久野の祭礼を支えた地車です。 こんな大型の車体で、今はやりまわしをしないような村中の細い道もやりまわしをしていたのですから、驚きですね。

破風

大屋根は切妻、小屋根は入母屋となっています。

鬼板

上から 大屋根前方:『獅子噛』 大屋根後方:『獅子噛』 小屋根:『獅子噛』

3面とも獅子噛で統一されています。 中山慶春師の作品で、師の獅子噛の中では最も好きな表情です。 指が5本あるのが特徴です。

懸魚

大屋根前方 懸魚:『鳳凰』 桁隠し:『鶴』

大屋根後方 桁隠し:『雲海』

小屋根 懸魚:『猿に鷲』 桁隠し:『鶴』
小屋根は写真が一部撮れていませんでしたので、再度撮影したら画像を差し替えます。

隅木

隅木:『龍』

車板・枡合・虹梁

大屋根前方 車板:『猿に鷲』 懸魚:『十二支』 虹梁:『牡丹に唐獅子』

小屋根
車板:『宝珠を掴む青龍』 懸魚:『十二支』 虹梁:『牡丹に唐獅子』
近年の折衷型のように戦記モノではなく、獣の彫刻が多数を占めているのが特徴です。 以後ご紹介する場所も多数、獣の彫刻が登場します。

枡合・虹梁

右面です。 大屋根 枡合:『十二支』 虹梁:『牡丹に唐獅子』 小屋根 枡合:『十二支』 虹梁:『牡丹に唐獅子』

左面です。 大屋根 枡合:『十二支』 虹梁:『牡丹に唐獅子』 小屋根 枡合:『十二支』 虹梁:『牡丹に唐獅子』

木鼻

全部で8体あります。 木鼻:『唐獅子』
大屋根側についているものは全身、小屋根についているものは腹部より前の部分のみの彫刻です。

柱巻き

柱巻き:『拝龍』
折衷型でもこのように立派な柱巻きが施された作品は限られています。 肉厚な彫刻がたまりませんね。

脇障子

脇障子:『武者』
1面に1人。大きく武者が彫刻されています。

間仕切り

間仕切り:『牡丹に唐獅子』
大きく唐獅子が彫刻されています。 背景を透かしている部分も多く、手が込んでいますね。

見送り(正面)

見送り:『大阪夏の陣』
正面から。燃える大阪城を背景に…

見送り:『大阪夏の陣』

角障子(正面)

角障子:『大阪夏の陣』

角障子:『大阪夏の陣』
角障子も恐らく一体となって大阪夏の陣を表現しています。

見送り(右面)

見送り:『大阪夏の陣』

角障子(右面)

角障子:『大阪夏の陣』

見送り(左面)

見送り:『大阪夏の陣』

見送り:『大阪夏の陣』
雑兵ではありますが、髪のなびき方、表情…とても師の作品らしい武者だと感じます。

見送り:『大阪夏の陣』

角障子(左面)

角障子:『大阪夏の陣』

竹の節

竹の節:『唐獅子』

摺出鼻

摺出鼻:『牡丹に唐獅子』
これまではどちらかと言えばコミカルな表情の獅子噛が多かったですが、この部分は険しい表情の獅子です。

旗台

旗台:『牡丹に唐獅子』 

番号持ち

番号持ち:『楠木正成』
鎧の菊水紋とこの付近の地域の特徴から恐らく楠木正成でしょう。 左下に木彫片山の銘も見えますね。

勾欄合

前方:『波濤に千鳥』

右面:『波濤に千鳥』

左面:『波濤に千鳥』
3面とも波濤に千鳥で統一。

勾欄合

前方:『牡丹に唐獅子』

後方:『牡丹に唐獅子』

右面:『牡丹に唐獅子』

左面:『牡丹に唐獅子』
こちらも摺出鼻に引き続き、どちらかと言えば険しい表情の獅子噛。

持送り

持送り:『波濤』

土呂幕

前方:『東方朔・西王母』 後方:『高砂』

師が手掛けた地車の土呂幕にはよくこの題材が彫刻されています。

右面:『唐獅子』

左面:『唐獅子』
左下には慶春刀の銘が入っています。

下勾欄

右面:『波濤に千鳥』

左面:『波濤に千鳥』
下勾欄も波濤に千鳥で統一。

台木

右面:『波濤に玄武』

右面:『波濤に玄武』
西代に来てから新調された台木です。 従来の彫刻と上手く溶け込むよう、バランスよく彫刻されていますね。

金具

①破風中央:『宝珠』
②破風傾斜部:『昇龍』
③破風端:『唐草模様』
④垂木先:『菊紋』
⑤台輪先:『左三つ巴紋』
⑥柱まわり:『花菱紋』
⑦肩背棒先:『西代』の文字。
⑧曳綱環:『丸に立ち葵紋』

丸に立ち葵紋は河内西代藩の藩主である本多家の家紋に由来します。 西代神社の社紋は『五七桐・左三つ巴紋』です。

いかがでしたでしょうか。

西代に嫁いで10年以上が経過し、すっかり馴染んだ地車ではありますが、大東時代の姿をよく見ていただけに、駅前で瓢箪を披露していた姿などが懐かしく思い出されます。
今後も西代の地でなるべくオリジナルの状態を残したまま活躍してくれると嬉しいですね。

最後までご閲覧いただき、ありがとうございました。

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