羽曳野市誉田八幡宮 鍛冶町地車

皆さんこんにちは。
毎度毎度久々の投稿が生存報告となり、申し訳ございませんが、生きております。

さて、今回私がご紹介したいと思いましたのが羽曳野市鍛冶町の地車です。
誉田の地車文化ですが、誉田八幡宮には江戸時代の貴重な史料である藤だんじりがあるものの、現在大阪府下の大多数がそうである駒が4つで破風がついて勾欄がまわっていて彫刻が施されていて…といった地車の登場は昭和の時代に入ってからで、意外と最近の話となります。
昭和の時代になり各町が購入した地車はいずれも小ぶりでしたが、今ではそれぞれ大型の地車を購入・新調し、鍛冶町は平成12年に和泉市唐国町よりこの地車を購入しています。
そして、鍛冶町がきっかけかは分かりませんが、丁度この地車を購入した頃、お隣の古市でもやりまわしを行う祭礼スタイルが流行りはじめ、今となっては鍛冶町は積極的に泉州囃子でやりまわしを行う祭礼スタイルへと変化を遂げています。
古市・誉田界隈は南河内でありながらやりまわしを見ることができる面白い地域です。

さて、前置きが長くなりましたが、地車の紹介に移りたいと思います。
それでは、ご覧ください。

羽曳野市誉田八幡宮 鍛冶町地車

◆地域詳細
宮入:誉田八幡宮
小屋所在地:神社境内
歴史:鍛冶町という地名は現在の住所表記には無いが、鍛冶屋業を行っていたことに由来し、轡(くつわ)鍛冶の市口家の存在が大きい。市口家の市口佐兵衛は関ヶ原の戦いから敗走する薩摩藩島津義弘の軍勢を住吉まで無事に案内した功績から、薩摩藩御用轡師になる。以後、将軍家にも献上され、市口の轡は全国に広まった。

参考)
羽曳野市ホームページ『羽曳野市指定文化財』
https://www.city.habikino.lg.jp/soshiki/sekaiisan_bunkazai/bunkazai/bunkazai/shiteibunkazai/2557.html


◆地車詳細
形式:住吉型
製造年:明治20年頃?
改修年:平成2年
購入年:平成12年
大工:住吉大佐
彫刻:小松一門
改修大工:植山工務店
改修彫刻:【醒ヶ井】井尻翆雲
歴史:?→堺市上石津→和泉市唐国町→羽曳野市鍛冶町

姿見

左が前方、右が後方

唐国町時代に大改修を受けており、原型は分からなくなっています。

側面より

改修はされていますが、彫刻の多くはオリジナルが活用されています。
重厚な枡組や見送り形式ではないので、どちらかと言えば折衷型ではなく、住吉型としての要素が強めです。

斜め前より

余談ですが、同時期に同じ工務店で同様の改修を受けた地車として、現・尼崎市御園町地車があげられます。
元になった地車は全く異なりますが、第一印象ではよく似た仕上がりとなっています。

破風

オリジナルの破風が失われたのは残念ではありますが、植山工務店の破風となれば話は別で、角ばったたくましい切妻破風に醒ヶ井の井尻翆雲師の獅子噛がついていますので、非常に格好良い第一印象となっています。

枡組

この辺りはオリジナルから変わっていないと思われます。

鬼板

上から
大屋根前方:『獅子噛』
大屋根後方:『獅子噛』
小屋根:『獅子噛』

3面とも獅子噛になっています。
よく似た獅子噛として、他に堺市新在家、堺市野代(現・河内長野市市町西)がありますが、あちらはガラス目に対し、鍛冶町と御園町は木に直接描画する仕様となっています。

獅子噛は視線が合った状態で撮影するのが一番恐ろしく見えるのですが、個人的にこの獅子噛は大屋根前方の写真のように少し遠い位置から見る顔の方が好きです。

箱棟

箱棟:『雲海に龍』

懸魚・桁隠し

大屋根前方
懸魚:『鳳凰』
桁隠し:『麒麟』

小屋根
懸魚:『猿に鷲』
桁隠し:『飛竜』

オリジナルとは破風形状が変わりましたので、この辺りの彫刻は全て新調されています。
元は住吉大佐の地車らしく、奇稲田姫などがいたのかもしれません。

車板・枡合・虹梁

大屋根前方
車板:『宝珠を掴む青龍』
虹梁:『牡丹に唐獅子』

顔は交換されていますが、車板の題材はこの時代の住吉型に共通して見られます。

小屋根車板:『鞍馬山修業の場』

右面大屋根側
枡合:『牡丹に唐獅子』
虹梁:『牡丹に唐獅子』

右面小屋根側
枡合:『牡丹に唐獅子』

左面大屋根側
枡合:『牡丹に唐獅子』
虹梁:『牡丹に唐獅子』

左面小屋根側
枡合:『牡丹に唐獅子』

屋根回りには牡丹に唐獅子の彫刻が大変多く施されています。

木鼻

上が右面、下が左面
木鼻:『唐獅子』

全身彫刻タイプの唐獅子が6か所取り付けられています。

柱:『鯉の滝登り』

改修前は彫り抜かれたタイプだったのではないかと思われますが、現在では伊勢込みの細工が施されています。

車内枡合・間仕切り

車内枡合:『牡丹に唐獅子』
間仕切り:『牡丹に唐獅子』

間仕切りの方は珠で遊んでいる唐獅子です。

脇障子

右面:『渡辺綱 羅生門の鬼退治』
左面:『鬼若丸鯉退治』

脇障子:『武者』

後方側もしっかりと人物が彫刻されています。

三枚板

正面:『加藤清正虎退治』

左右は源平モノですが、面白いことに正面だけは時代が進み、加藤清正になっています。

右面:『大胡小橋太 鞆六郎を討つ』

左面:『鎮西八郎 鷲退治』

角障子

角障子:『牡丹に唐獅子』

摺出鼻

上が右面、下が左面
摺出鼻:『武者』

旗台

旗台:『獅子噛』

勾欄合・縁葛

前方
勾欄合:『富士の巻狩り』
縁葛:『武者』

縁葛は彫り替えられていますが、勾欄合にはオリジナルの素晴らしい彫刻が施されています。

後方
勾欄合:『富士の巻狩り』
縁葛:『武者』

後方の勾欄合は痛みが激しかったのか、彫り替えられています。

右面大屋根側
勾欄合:『富士の巻狩り』
縁葛:『武者』

右面小屋根側
勾欄合:『富士の巻狩り』
縁葛:『武者』

左面大屋根側
勾欄合:『富士の巻狩り』
縁葛:『武者』

左面小屋根側
勾欄合:『富士の巻狩り』
縁葛:『武者』

頼朝公と有名な仁田四郎猪退治は左面です。

土呂幕

前方:『武者』

前方は扉式ですが、扉としての機能は恐らく使えなくなっています。

右上に勾欄内側で踏めるブレーキの腕の切り欠きがあり、手前にも雛壇で踏めるブレーキがある面白い仕様です。
通常の曳行時は雛壇から踏むブレーキを使い、肩背棒に板を載せて前方に子供達を沢山乗せて曳行する時は、雛壇のブレーキが踏めなくなりますので、勾欄内側のブレーキを踏むといった使い分けをしているようです。

後方:『武者』

坂田金時でしょうか?

右面大屋根側:『武者』
下勾欄:『波濤に千鳥』

右面小屋根側:『武者』
下勾欄:『波濤に千鳥』

左面大屋根側:『武者』
下勾欄:『波濤に千鳥』

左面小屋根側:『武者』
下勾欄:『波濤に千鳥』

脇障子に源平関係の題材がありましたので、土呂幕も『敦盛呼び戻す熊谷次郎直実』と『宇治川の先陣争い』のように定番の題材かと思いましたが、そのような訳ではないようです。

台木

右面:『波濤に鯉』

左面:『波濤に鯉』

中古の地車を購入するにあたり、足回りが近代化改修されているのは、購入する町にとって嬉しいものです。

金具

①破風中央:『雲海に宝珠』
②破風傾斜部:『昇龍』
③破風端:『唐草模様』 提灯をつけるための金具が付属します。
④垂木先:『左三つ巴紋』
⑤勾欄:『唐草模様』
⑥脇障子兜桁:『鍛』の文字。
⑦縁葛:『武者』
⑧肩背棒先:『鍛』の文字。
⑨排障器:『鍛冶町』の文字。

いかがでしたでしょうか。

第一印象からは分かりにくくなっていますが、じっくり見てみると住吉大佐オリジナルの彫刻を多く残す貴重な地車であることがお分かりいただけたと思います。

やりまわしの見物も良いですが、ご興味を持たれた方は是非止まっているタイミングで鍛冶町地車を見物されてみてください。

最後までご覧いただき、ありがとうございました。

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