堺市西区踞尾八幡神社 宮山地車

皆さんこんにちは。

前回に続き、勢いがあるうちにもう一つ記事を書いてしまいます。
今回ご紹介するのは津久野地区の宮山地車です。

宮山と言えばやはり津久野地区唯一の上地車ということで、存在感ある一台です。
近年ではだんじりin大阪城に参加し、更に様々な地域の方に認知されることになったのではないかと思います。

津久野地区は元はどの村も上地車を所有しており、江戸~明治製作の銘地車が沢山ありました。それらは今は別の地域で活躍していたり、個人所有になっていたりしています。
宮山は元々江戸末期製作の堺型を所有していましたが、現地車新調に伴い尼崎市築地の大官町へと嫁いでいます。嫁ぐにあたり尼崎スタイルの仕様に改造は施されましたが、宮山で活躍していた末期の姿をよく残して(金具には宮山の文字も残っています)現在も活躍しています。

また、やりまわしを行う祭礼スタイルを取り入れ、下地車化は進みましたが、祭礼の要所で独自の文化を垣間見ることができるのが津久野地区の面白いところです。
①しこり(地車を何度も前後に動かす・特に宮入時)、②詰め合い(地車同士をギリギリまで寄せる・鳳だけではありません)、③瓢箪(地車の差し上げ)、④コテコテコッテンコ(仕舞い太鼓)など、地車の動作だけでも色々あります。
街並みとそれに伴う曳行シーンも多様で、駅前には有名なS字カーブ(通称ヒライシでの完全直角S字のやりまわし)や、サンサンダッシュ(駅前周回ラストの1区間での暴れ)があり、村中曳行となれば、宮前の急坂上り、昭代橋付近の狭い街並みを見事な梃子裁きで抜けていく様、津久野中学校横での詰め合い、西組と宮山だけの夜の宮入、等見所が沢山あります。

興味を持たれた方は有名なヒライシS字のやりまわしだけでなく、是非その辺りに注目して津久野の祭りを見てみると面白いと思います。

さて、前置きが長くなりましたが、宮山地車の紹介に移ります。
それではご覧ください。

堺市踞尾八幡神社 宮山地車

◆地域詳細
宮入:踞尾八幡宮
小屋所在地:神社坂下

◆地車詳細
形式:折衷型
製造年:平成5年
大工:天野工務店
彫刻:松並義孝
寸法:高さ3800mm 長さ(担い棒含)4140mm 大屋根巾2320mm 台内1180mm
(平成13年4月8日発行史料より)

◆歴代宮山地車
先代:江戸末期製作の堺型。現地車新調に伴い、尼崎市大官町へ売却。
・現地車:平成5年新調

姿見

左が前方、右が後方

天野工務店製作の折衷型地車で、松並義孝師が初の責任者として携わった地車です。

折衷型と言っても岸和田型の要素が強いものと住吉型の要素が強いものがありますが、宮山地車は岸和田型の要素が豊富に取り入れてられています。
腰回りは低く広く、柱で一旦スリムになり、枡組を介して屋根へと広がる形状…特に枡組から破風にかけての自然で美しい広がり具合は天野工務店の地車ならではの良さだと思います。

側面より。

岸和田型の要素が強い人物立体彫刻の土呂幕と見送りが特徴です。

また、新調当時は一般的な上地車のように屋根回りに金具が使われていましたが、メンテナンス性の観点から取り外されました。(脇障子兜桁・縁隅木は金具の取り外しに伴い、装飾性を持たせた木製のものに作り直しを行っています。)
今となっては大阪市野堂町南組地車・藤井寺市伴林地車・河内長野市下西代地車(改修後)のように、最初から破風に金具を取り付けない仕様の上地車が数例出てきましたが、そのハシリは宮山地車と言っても良いのではないかと思われます。
折衷型であれば意外と金具がなくても違和感がないものです。

金具がついていた頃の写真。

あまり知られていないかもしれませんが、兄弟地車がおり、堺市釜室地車がそれにあたります。
こちらは切妻型で、大屋根側の土呂幕も平面タイプとなっているなど、違いが見られます。

破風

入母屋型・軒唐破風で扇垂木になっています。

池内工務店のように9割方切妻屋根の折衷型しか作らない工務店もありましたので、入母屋屋根の折衷型は天野工務店ならではの良さだと思います。

鬼板

上から
大屋根前方:『獅子噛』
大屋根後方:『獅子噛』
小屋根:『獅子噛』

今でも人気がある松並義孝師の獅子噛、最近では確か河内長野市上田町の獅子噛も手掛けられていたと思います。

大屋根後方の獅子噛は最も険しい表情をしていますが、実は新調当初はこの顔が大屋根前方に来ていました。
事故が相次いだため、縁起が良くない顔だとのことで、前後を逆転させたと聞いています。

箱棟

箱棟:『夫婦龍』

彫刻の名称は平成13年発行の資料に合わせています。
一般的によく呼ばれているものとは少し異なる表記をしている可能性があります。

懸魚・桁隠し

大屋根前方
懸魚:『源義経 踞尾八幡神社に鞍を奉納する』
桁隠し:『向馬』

地元ならではの題材が採用されています。
桁隠しに馬が単品で彫刻されているのはかなり珍しいですが、勝駒の意匠に由来すると見て良いと思います。
遠くからでも非常に目立つ彫刻です。

大屋根後方
懸魚:『阿龍・吽龍』
桁隠し:『牡丹』

見えにくいところですが、しっかりと懸魚・桁隠しがあります。


小屋根
懸魚:『平敦盛の最後』
桁隠し:『麒麟』

垂木・枡組

垂木:『唐獅子・獏』

垂木は隅扇垂木、大屋根側は一本一本に唐獅子が彫刻されており、小屋根側は唐獅子と獏が交互に彫刻されています。
かなり細かい仕事です。

隅出

隅出:『牡丹に唐獅子』

車板・枡合・虹梁

大屋根前方
車板:『源頼政 鵺退治』

車板・枡合一体型となっています。
あえてこの場所にこの題材を持ってくるのは面白いと思います。遠くからでも非常によく目立つ作品です。

大屋根前方
虹梁:『熊谷次郎直実、呼び止めの図』

小屋根
枡合:『五條大橋の出会い』

こちらも大屋根前方同様に車板・枡合一体型です。

小屋根
虹梁:『牛若丸 鞍馬山修業』

右面大屋根側
枡合:『天乃岩戸』
虹梁:『石橋山合戦』

右面小屋根側
枡合:『長年公天皇を救う(後醍醐天皇壱岐より帰る)』
虹梁:『源義経 八艘飛』

左面大屋根側
枡合:『村上義光 錦の御旗取り返す』
虹梁:『八幡太郎義家 安部貞任を討つ』

左面小屋根側
枡合:『桜井の別れ』
虹梁:『黄瀬川の対面』

踞尾八幡宮に源義経の逸話が残されていることから、源平合戦の題材を主にした彫刻が多いですが、枡合に関しては神話であったり、太平記であったり、自由度は高めです。

木鼻

木鼻:『唐獅子(親子・籠・瓢箪・宝珠)』

大屋根側が何かを持っている唐獅子、小屋根側はシンプルなものです。

柱巻き

柱巻き:『夫婦龍(阿龍・吽龍)』

非常に目立つ龍の柱巻きが取り付けられています。
折衷型の龍は丸々と肉厚なものが多いように思いますが、非常にスレンダーでありながら鍛え抜かれた龍といった印象です。
目が瞼で少し隠れて怪しい雰囲気を醸し出しているところが良いですね。

仕切り板

仕切り板:『松に大鷹・竹に白虎』

上下二段になっており、上段は奥が収納になっています。

脇障子

脇障子:『一ノ谷合戦』

見送り

見送り:『一ノ谷合戦』

小屋根下は見送り形式になっています。題材は源平合戦より一ノ谷合戦です。

見送り天井

見送り天井:『鶴』

見送り人形

正面側

右面側

左面側

大脇

前方側:『鵯越の図』

一ノ谷の合戦といえば鵯越の逆落としですが、大脇にその表現がなされています。
個人的に大脇の雰囲気が非常に好きです。

後方側:『鵯越の図』

竹の節

竹の節:『親子獅子』

豪華に3体の獅子がいます。

摺出鼻

摺出鼻:『一ノ谷合戦』

摺出鼻:『一ノ谷合戦』

こちらも見送りの題材に合わせて一ノ谷合戦です。

旗台

旗台:『鯉』

台木は玄武ですが、こちらに鯉の題材が採用されています。

勾欄合

前方:『十二支』

右面:『十二支』

左面:『十二支』

4か所×3面=12か所の勾欄合を作り出し、定番に干支の題材です。

縁葛・小連子・土呂幕

前方大屋根側
縁葛:『一ノ谷合戦』
小連子:『富士の裾野 大巻狩り』

前方大屋根側
土呂幕:『錣曳の図』

前方大屋根側
土呂幕:『錣曳の図』

松良

松良:『倶利伽羅合戦』

縦長の部材を活かして俱利伽羅峠の戦いが表現されています。

後連子・土呂幕

小屋根後方
後連子:『七福神』
後土呂幕:『都平安城外勇戦之図』

後連子は七福神で統一されています。

右面大屋根側
縁葛:『一ノ谷合戦』

右面大屋根側
土呂幕:『鎮西八郎為朝於八丈嶋弓勢之図』

右面小屋根側
後連子:『七福神』

右面小屋根側
後土呂幕:『那須与一扇的打ち』

右面の土呂幕は大屋根側・小屋根側でそれぞれ弓使いの名場面が彫刻されています。

左面大屋根側
縁葛:『一ノ谷合戦』

左面大屋根側
土呂幕:『巴御前勇戦』

アップでもう一枚!
これほど険しい顔をした巴御前もなかなか珍しいと思います。

左面小屋根側
後連子:『七福神』

左面大屋根側
後土呂幕:『壇之浦赤間関合戦』

下勾欄で遮られてなかなか見えにくいので撮影にコツが要ります。

下勾欄合

右面:『松に鶴・竹に雀・梅に鶯』

左面:『松に鶴・竹に雀・梅に鶯』

大屋根側の土呂幕が岸和田型風の人形を用いた仕様なので、下勾欄は小屋根側にしかありません。

水板・台木

水板:『波濤に千鳥』
台木:『波濤に玄武』

津久野の上地車は不思議と中組・大東・下田町・神野のように角台木の採用が多い地域でしたが、先代地車・西組と同様に波濤形状が採用されました。

台木:『波濤に玄武』

要所

①脇障子兜桁:『左三つ巴紋』
②縁隅木:『宮山』の文字。
③銘
④銘 あちこちに銘が入っています。義刀または義の字です。
⑤番号持ち:『弁慶勇姿』
⑥吊下町名旗:『八岐大蛇退治』 子供曳行の時は通常の町名旗のことが多いです。

瓢箪

宮山と言えばやはりこれでしょう。
地車を差し上げる文化は陶器地区・久世地区を中心に現在でも堺市内にも結構残っていますが、その他の地区では下地車化により失われていきました。
津久野も同様で、今では宮山の専売特許になっています。

ただ差し上げるだけでなく、「瓢箪ばかりが浮きものか」の掛け声で差し上げるのが特徴で、これは阿波踊りのフレーズの一部です。意味合いとしては「水に浮く瓢箪のように地車も浮かせてみよう」で良いと思います。

瓢箪の時は鳴り物も少し普段とは違う叩き方をし、大太鼓の連打から始まり、鉦・小太鼓同時打ち→完全に差し上げたら鉦の面打ち(これは平成23年頃より始まりました)を行い、普段は鉦入りから2節後に叩く小太鼓もこの時だけは1節後に叩き始めます。

他にも阿波踊りから来る言い回しを曳行中に聞くことができ、「一かけて・二かけて・三かけて…」等もそれにあたります。

だんじりin大阪城で津久野のこの文化を知った人も多いのではないでしょうか。
やりまわし中心の曳行スタイルでありながら、ここぞという見せ場では伝統の瓢箪を披露するのは宮山の非常に格好良いところだと思います。
余談ですが、だんじりin大阪城でやっている後ろ上げ瓢箪は、私の知る限りでは西組入魂式以来しておらず、本祭でもしませんので、見れるのはかなり貴重です。

いかがでしたでしょうか。

津久野に残る唯一の上地車。過去には下地車を新調するか等の話もあったようですが、やはりこの地車が一番のようで、新調以来定期的に工務店で整備を行い、大切にされています。
近年では平成29年に文化庁の助成金制度を利用して修理が行われており、今後も津久野の上地車文化の継承者として存在し続けてくれそうです。

最後までご覧いただき、ありがとうございました。

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