河内長野市千代田神社 木戸本郷地車

皆さんこんにちは。

私の投稿する記事の内容は大体その時の気まぐれで決定されるのですが、そう言えば最近私が大好きな河内長野の地車の記事を書いていなかったなぁ…と思いましたので、今回は千代田地区の木戸本郷地車をご紹介いたします。

木戸本郷は南海電車千代田駅を降りてすぐの地域にあたります。
各地区の個性が豊かな千代田のだんじりですが、その中でも木戸本郷は曳き手の声が大きく、鳴物も常に安定したリズムを刻んでおり、昔ながらの硬派な印象です。

今回は2014年に撮影した画像を使って記事にしたいと思います。
それではご覧ください。

河内長野市千代田神社 木戸本郷地車

◆地域詳細
宮入:千代田神社
小屋所在地:会所に隣接

◆地車詳細
形式:板勾欄堺型
製作年:1882年(明治15年)頃?
購入年:1894・1895年(明治27・28年)頃?
大工:【萬源】木村源平?
彫刻:西岡弥三郎?

姿見

左が前方、右が後方。

江戸~明治にかけて多数製作された板勾欄型の中では後発組にあたります。

堺で製作された後発組の板勾欄型の特徴としては、出人形を撤廃し、人物・獣・背景も全て板勾欄に彫刻されていることが挙げられます。
それまでの板勾欄型は出人形が人物・獣、板勾欄はあくまで周囲の風景…といったように部材で表現するものが使い分けられていたように感じます。

全てを板勾欄に彫刻することで、地車のシルエットとしては角ばった印象となります。

側面より

ぶんまわしをするための長い肩背棒が取り付けられています。
堺型と言えば側面土呂幕が三分割されているイメージが先行するかもしれませんが、必ずしもそのようになっている訳ではありません。

この地車の類似作品として、同じ河内長野市の原石坂地車や、(大改修により分かり難くはなりましたが)尼崎市御園町地車が挙げられます。
大工は同じ、製作年代も近いと思われますが、この2台は土呂幕が三分割されており、何故木戸本郷地車のみが二分割になっているのか疑問が残ります。

破風

独特の撫で肩形状の破風は、萬源のもので間違いないと私は思いますが、萬源の作とはあまり言われていません。
墨書きが出てこなかったのでしょう。

鬼板

大屋根前方:『獅子噛』
大屋根後方:『獅子噛』
小屋根:『獅子噛』

過去の改修で彫り替えられています。
口元まわりの特徴から木彫近藤師の作品かな?特に小屋根がそれらしい表情をしています。

懸魚

大屋根前方:『鳳凰』

小屋根:『鳳凰』

こちらは欠損が無く、オリジナルの雰囲気がよく残っています。

車板

前方:『宝珠を掴む青龍』

枡組がなく、屋根下彫刻が全て車板になっているのもこの地車の特徴です。
お陰で前方には大きな龍の彫刻が施されています。

後方:『雲海』

右面大屋根側:『宝珠を掴む青龍』

三段ラインの台輪(下枠?)が付くのも萬源の特徴です。

右面小屋根側:『鳳凰』

左面大屋根側:『宝珠を掴む青龍』

左面小屋根側:『鳳凰』

木鼻

上が右面、下が左面
木鼻:『阿吽の唐獅子・力神』

金綱で隠れていますが、後方を除き全て唐獅子と力神のセットになっています。

柱巻き・板勾欄

全景

まずは全景から。

柱巻き

柱巻き:『秀吉本陣佐久間の乱入』

板勾欄型の柱巻きにはよく採用される題材です。

銘板

昭和61年の夏目司師により修復された際の記録です。

花戸口虹梁

花戸口虹梁:『鳳凰』

脇障子・持送り

脇障子・持送り:『武者』

柱に沿って縦に長い持送りがつくのが特徴です。擬宝珠勾欄型にも同様の例はいくつかあります。

三枚板

正面:『漢高祖龍退治』

板勾欄型の正面三枚板と言えばやはり王道の題材です。

右面:『天竺の班足王』

左面:『大巳貴命 鷲退治』

角障子

角障子:『武者』

斜めではなく、直交方向に付けられています。

摺出鼻

右面:『牡丹に唐獅子』

二分割されたパーツが堺型ならではの印象です。

左面:『牡丹に唐獅子』

板勾欄

前方:『賤ケ岳の七本槍』

柱巻きの題材から察するに恐らく賤ヶ岳の合戦かと思います。
やられ役の武者が首をグサリと槍で刺されているのが印象的。

後方:『賤ケ岳の七本槍』

加藤清正・福島正則?七本槍でも主役格の2人はこれでしょうか?
頼りになる紋等が一切ないので判定ができません。

右面大屋根側:『賤ケ岳の七本槍』

右面小屋根側:『賤ケ岳の七本槍』

近接して撮影を忘れていたようで、画質が悪いです。すみません。

左面大屋根側:『賤ケ岳の七本槍』

左面小屋根側:『賤ケ岳の七本槍』

腕木

上が右面、下が左面
腕木:『阿吽の唐獅子』

前方を除き、唐獅子が彫刻されています。

持送り

前方:『猿』

土呂幕

前方:『合戦譚』

彫り替えられており、扉式になっています。
類似地車がそうであることから、元も扉式であったと考えられます。

後方:『合戦譚』

題材は不明ですが、恐らく賤ケ岳合戦でしょうか。

旗台

旗台:『力神』

持送り

後方:『松・梅』

松竹梅の意匠は堺型の持送りでよく採用されます。

貫腕

オリジナルと思われます。

平側土呂幕

右面大屋根側:『合戦譚』

右面小屋根側:『合戦譚』

左面大屋根側:『合戦譚』

左面小屋根側:『合戦譚』

下勾欄

右面:『合戦譚』

下勾欄も高さ方向が大きい部材で、人物が彫刻されています。

左面:『合戦譚』

台木

右面:『波濤に鯉』

左面:『波濤に鯉』

金具

①破風中央『唐草模様に宝珠』
②破風傾斜部『昇龍』
③破風端『唐草模様』
④垂木先『花菱紋』
⑤脇障子兜桁『右三つ巴紋』
⑥脇障子兜桁『右三つ巴紋』
⑦縁葛端『牡丹』
⑧肩背棒先『郷・本』の文字。
⑨下勾欄親柱 八角の親柱は萬源だけの特徴ではありませんが、萬源の堺型には必ず採用されています。

いかがでしたでしょうか?

板勾欄型では後発組と書きましたが、それでも古い明治のだんじり。
消耗している箇所は一部修復されていますが、とても良い状態で曳行されており、今後も末永く曳かれることを願います。

最新の話題として、昨年から太鼓の皮が張り替えられて非常に良い音をしていますので、来年の祭りも是非木戸本郷に注目したいところですね。

最後までご覧いただき、ありがとうございました。

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