大東市三箇菅原神社 下野地車

皆さんこんにちは。

9月になり、いよいよ秋祭りシーズンの開幕です。
第一日曜日は岸和田のブレーキテスト程度でしたが、第二日曜日は各地でイベントが盛りだくさん。
岸和田・堺市・東大阪市・富田林市・河南町・神戸市と各地でだんじりが出ており、どこを見に行くかとても迷いましたが、私が一番最初に見ると決めたのが大東市下野地車。

以前に北條中之町の記事でも書きましたが、私は北河内型に関してまだまだ勉強不足・・・今回の下野地車の入魂式は絶好の機会で、見に行かない訳にはいきません。

それではご覧ください。

大東市三箇菅原神社 下野地車

◆地域詳細
宮入:三箇菅原神社
小屋所在地:神社前
歴史:現在の住所表記には無いが、下野は現在の曙町・幸町・三住町・住道・扇町・末広町・川中新町辺りに該当する。
住道は1889年(明治22年)の町村制施行時に角ノ堂の字を改めて名付けたものである。角ノ堂の由来には諸説あり、この地に高僧が建てた庵の形に由来する、又は三箇キリシタンの教会があったことに由来すると云われている。 
寝屋川と恩智川が合流するこの地域は、江戸時代には角堂濱と呼ばれ、大阪天満橋下の八軒家浜を出発した寝屋川筋剣先船の荷物の集積地として栄えた。
江戸時代中期に野崎観音の秘仏が開帳されると、野崎参りの参拝客と石切神社や生駒聖天に向かう参拝客の分岐点となり、沿道は茶店・料理屋・旅籠が立ち並び、大変賑わっていた。

◆地車詳細
形式:北河内讃良型
製造年:江戸末期 (過去に柱を解体した際、年号が書かれていた)
大工:不明
彫刻:相野一門

参考 地域の歴史について
・号外NET大東・四条畷 『【大東】☆情報提供☆ 〝下野地車復興20周年式典〟「何と!下野の謎も明らかに!!」 下野だんじりまつり開催情報☆』 https://daitoshijonawate.goguynet.jp/2016/10/13/shimonodanziri/
・大東市教育委員会 『歴史散歩道大東』 http://www.city.daito.lg.jp/material/template/file/rekishi_2010.pdf
・住道北部自治会 大東市教育委員会 『住道大橋付近の今昔と『角堂濱』』 

姿見

左が前方、右が後方

幸運にも、化粧なしの状態で見ることが出来ました。車体の構造がよく分かります。

側面より

北河内型は屋根まわりのボリュームが凄いですね。
長い肩背棒が取り付けられています。

斜め前より

斜め後より

破風

北河内型ならではの重厚な破風です。
破風の端部はテリを効かせてありますが、蓑甲の端部はその形状に追従せず、なで肩になっています。

鬼板

上から
大屋根前方:『獅子噛』
大屋根後方:『獅子噛』
小屋根:『獅子噛』

おにぎり型の顔・上向きにうねうねと伸びる鬣など、相野一門の獅子噛の特徴を有しています。

懸魚・桁隠し

大屋根前方
懸魚:『鳳凰』
桁隠し:『牡丹』

過去の屋根まわりの塗装跡が残ります。

小屋根
懸魚:『猿に鷲』
桁隠し:『牡丹』

大屋根の牡丹と小屋根の牡丹では少し作風が異なります。小屋根の方が良い作品です。

車板

大屋根前方:『宝珠を掴む青龍』

大きく、迫力のある龍です。

車内車板:『控鶴仙人?』

上側に何か鳥類の生き物がいたと思われます。
相野一門が手掛けた地車には控鶴仙人がよく登場するので、この題材ではないかと疑っています。

小屋根車板:『牡丹に親子獅子』

前方を向く親獅子と親の方を向く子獅子が彫刻されています。

側面車板

右面大屋根側:『夫婦麒麟』

右面小屋根側:『牡丹に夫婦唐獅子』

左面大屋根側:『夫婦麒麟』

左面小屋根側:『牡丹に夫婦唐獅子』

麒麟側と唐獅子側で虹梁の彫刻が異なるのも製作者のこだわりを感じる部分です。
麒麟側は雲海、唐獅子側は牡丹で車板の題材に合わせてあります。

木鼻

木鼻:『阿吽の唐獅子・獏、力神』

妻側は唐獅子、平側は獏で統一されています。

天蓋

大屋根側、小屋根側共に格子の天蓋が取り付けられています。

花台

花台:『阿吽の唐獅子』

相野一門らしさがよく表れています。

脇障子

菱格子になっており、彫刻はありません。

勾欄合

勾欄合に彫刻はありません。

木の色が新しいので、今回の修復で新しい材料が使われたと思われます。

腰組

妻側には簡易的な持送りがつきます。

肩背棒は柱に直接ではなく、柱からもう一つ外側に足された部材を挟んで取り付けられています。
この部材が腰組の持送り+ワッシャ的役割を果たすことで、長期的な維持管理に効いてくるのかもしれません。

土呂幕

土呂幕は菱格子になっています。
改修前と比べて目が細かくなり、良くなりました。

台木

オリジナル?ではないかもしれませんが、古い材をそのまま活用していました。
二枚ホゾで、芯金は表に出てくる仕様です。

金具

①破風中央:『梅鉢紋』 氏神様である菅原神社に由来するものです。
②破風傾斜部:『唐草模様』
③破風端:『唐草模様』
④垂木先:『梅鉢紋』
⑤脇障子兜桁:『梅鉢紋』
⑥勾欄:『唐草模様』
⑦縁葛:『唐草模様』
⑧肩背棒先:『下野』の二文字を一つに合わせたオリジナルの意匠
⑨台木先:『下野』の文字

いかがでしたでしょうか?

昭和42年頃に肩背棒や幕を保管していた本伝寺が火災となり曳行休止となった時期はありましたが、1995年(平成7年)に復活し、今日まで曳行されてきた下野地車。 
今回、大下工務店にて元の部材を極力活かした素晴らしい修復作業が行われたことで、これからの100年を目指して今後も生き続けることが出来るようになりました。今後も今の姿のまま長生きして欲しいですね。

下野の皆様、この度は修復入魂おめでとうございます。

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