宝塚市宝塚神社 小林地車

皆さんこんにちは。

濱八町出身の地車シリーズ第5弾、今回ご紹介するのは宝塚市小林地車です。
この地車は泉大津市上市出身なのですが、他村より少々早い段階で濱八町を離れ、東大阪市足代地車となりましたので、上市先々代というよりは足代先代としての認知度の方が高いのではないでしょうか。
現存する濱八町の先代地車達の中では唯一の板勾欄型ですが、解体された出屋敷町先々代地車の彫刻も板勾欄型のように見えますので、昔の濱八町には板勾欄型が2台以上は居たのではないでしょうか。
彫りもんだんじりの異名をとる板勾欄型ですので、彫刻を痛めることは美観を損ねることになりますが、やはりカチアイは行っていたようで、前方土呂幕の損傷による彫り替えの跡が小林地車にも確認できます。

そして、この地車の特徴は何と言っても大江山の鬼退治統一彫りであること。
世間では今でこそ『鬼滅の刃』が流行っていますが、大江山の鬼退治伝説はもっと古く、室町時代に作られた『大江山絵詞』が現存する文学では最も古いとされています。
広く世間に伝わったのは江戸時代の享保年間に発刊された渋川清右衛門の御伽草子(御伽文庫)で、この地車の彫刻もその話の設定に沿ったものとなっています。

それではご覧ください。

宝塚市宝塚神社 小林地車

◆地域詳細
宮入:宝塚神社
小屋所在地:神社境内
歴史:地名の由来は古代に林史(はやしのふひと)の一族が居住したという伝承に基づくか。「お」は美称と思われる。

◆地車詳細
形式:板勾欄出人形住吉型
製造年:1887年(明治20年)以前
購入年:2000年(平成12年)
大工:住吉大佐
歴史:泉大津市上市(明治20年以前~大正14年)
→東大阪市足代(大正15年~平成12年)
→宝塚市小林(平成12年~)

住吉大佐の地車請取帳にはこの地車に関する記述が5回も登場する。

泉北郡大津上市町 とまり宿世話方 大野定吉様 木野長〇様 大正八年九月廿二日 地車作事 八十円 (上市時代に修理した記録)
泉北郡大津上市町 大津神社 屋根鬼板 世話人 道正田佐吉様 (鬼板を新調したか?)
泉北郡大津町上市町 田々美徳治郎様 油谷常吉様
泉北郡大津上市町 油谷常吉様 福本松蔵様 (大正13年頃と思われる記述、この地車の次に新調した上市地車に関する記述か)
中河内郡布施町 青年團長 塩川正三様 加茂弥太郎様 鳥末商店様 大正十五年十月十四日だん引出シ 値段 一千八百八十五円 (足代に渡った記録)

◆歴代小林地車
・現地車(2代目):東大阪市足代より購入。
・先代:(初代):昭和22~3年頃に地元大工の作、一つ屋根組み立て式のだんじり。

参考)
地域の歴史について
角川書店 『角川日本地名大辞典 27 大阪府』

製造年・歴史について
花内友樹 著 泉大津濱八町地車禮讃

地車請取帳の記述について
兵庫地車研究会 住吉大佐「地車請取帳」と彫刻

歴代小林地車について
山車・だんじり悉皆調査 http://www5a.biglobe.ne.jp/~iwanee/

姿見

左が前方、右が後方。

これぞ板勾欄型、彫り物で埋め尽くされています。
板勾欄型にしては背丈が少し低めであるような気がします。

側面より

台木は住吉大佐特有の止めホゾになっておらず、角台木になっていますので、恐らく交換されたものと思われます。

斜め前より

周辺地域では宝塚型が主流ですので、板勾欄型の小林地車は大変珍しく、目を惹く存在です。

斜め後より

破風

オリジナルが残っています。
住吉大佐の板勾欄型で、桁隠しを持つものはかなり少数派です。

枡組

出三斗組ですが、手前と奥側で実肘木に差異があるようです。

鬼板

上から
大屋根前方:『獅子噛』
大屋根後方:『獅子噛』
小屋根:『獅子噛』

板勾欄型では見慣れない分厚い獅子噛ですが、請取帳に大正8年に修理を行ったとの記述の少し後に再び上市のことが書かれており、屋根鬼板の記述があるので、その時に彫り替えられたのではないかと思います。
当時でこのような獅子噛を彫りそうな人は赤銅芳松な気がしますが、近い年代に新調された大阪市平野区の泥堂とは表情があまり似ていないので謎が多いです。

参考までに泥堂地車。

懸魚・桁隠し

大屋根前方
懸魚:『鳳凰』
桁隠し:『唐獅子』

大屋根後方
懸魚:『唐獅子』
桁隠し:『鶴』

大屋根後方にもしっかり彫刻があります。

小屋根
懸魚:『羅生門の鬼』

小屋根懸魚はこれ単品で見る作品ではありません。後程紹介しますが、三枚板とセットになっています。

車板・枡合・虹梁

大屋根前方
車板:『雲海』
枡合:『牡丹に唐獅子』
虹梁(構造):『雲海』
虹梁(彫刻):『龍』

小屋根
車板:『雲海』
枡合:『牡丹に唐獅子』
虹梁(構造):『雲海』

枡合・虹梁

右面大屋根側
枡合:『牡丹に唐獅子』
虹梁(構造):『雲海』
虹梁(彫刻):『龍』

右面小屋根側
枡合:『牡丹に唐獅子』
虹梁:『雲海』

左面大屋根側
枡合:『谷越獅子』
虹梁(構造):『雲海』
虹梁(彫刻):『龍』

左面小屋根側
枡合:『谷越獅子』
虹梁:『雲海』

枡合は唐獅子で統一、虹梁は龍で統一されています。

木鼻

木鼻:『阿吽の唐獅子』

全部で8体います。

柱巻き・板勾欄

まずは全景から。

年季の入った木が良い味を出しています。いよいよ柱周りより下で世にも珍しい大江山の鬼退治統一彫りとなります。

柱巻き

柱巻き:『平井保昌・花園中納言の姫、源頼光・ト部李武の勇姿』

出発の場面でしょうか、山伏姿となり大江山を目指します。

柱巻き

板勾欄

前方:『頼光四天王の木渡り』

怪力の金太郎が谷越えに際し、松の木をかけた場面。

右面:『坂田金時 土蜘蛛退治』

土蜘蛛とは元は日本各地に存在していた天皇の命令に従わない民族の蔑称で、朝廷に征伐されていきました。(似たような地車彫刻の題材としては熊襲征伐がありますが、熊襲のことは指さないと考えられるようです。)
時代を経て、蜘蛛の怪異として大江山の鬼退治の伝説と融合し、能・歌舞伎・人形浄瑠璃に登場するようになります。

左面:『頼光四天王の勇姿』

鬼にさらわれた花園中納言の娘に出会い、酒呑童子の居場所を訪ねる場面。
今にも会話が聞こえてきそうなよく出来た作品です。

車内枡合・間仕切り

車内枡合:『雲海』
間仕切り:『源頼光 酒呑童子に神便鬼毒酒を飲ませる』

飛獅子

飛獅子が取りつきます。

脇障子

脇障子:『松』

脇障子に施された豪華な模様が目を惹きます。

参考に左が堺市鴬谷地車、右が西宮市若戎地車。
いずれも古い住吉大佐の板勾欄型です。装飾の具合がよく似ています。

脇障子上人形

脇障子上人形:『鬼』

三枚板

まずは全景から。

小屋根懸魚で紹介した羅生門の鬼は三枚板の渡辺綱とセットで見ます。
羅生門の鬼は茨木童子と同一視されますが、物語によって異なります。

正面:『渡辺綱 羅生門金札立て』

斜め上を見る渡辺綱の目線の先に鬼です。

別の角度からもう一枚。

右面

右面:『源頼光 酒呑童子 血戦』

物語の終局の場面です。
浮世絵ではもっと大柄な身体で描かれる酒呑童子ですが、三枚板におさめるために一般的な人間と同じ大きさで表現されています。
そう言えば間仕切りの酒呑童子もそうでしたし、河内長野市長野地車の彫刻も似たスケール感での表現です。

左面

左面:『武内宿禰 碓井貞光血戦?』

白髪で強い人物と言えば武内宿禰になるのでしょうが、妖術使いになったとの記述はありませんので根拠はよく分かりません。
頼光と関連するところで妖術使いと言えば鬼童丸か袴垂保輔と見るのが自然ですが、両者とも呼び出せるのは大蛇なので蝦蟇の存在と整合がとれません。

蝦蟇を出す妖術使いは地雷也・天竺徳兵衛・平太郎良門・滝夜叉姫等がいますが、頼光達と戦ったような話は見つけられず。
左面に関しては謎が多いです。

角障子

角障子:『松』

板勾欄を跨がないように取り付けられています。

摺出鼻

摺出鼻:『松』

旗元

旗元:『猿に鷲』

旗台

旗台:『鬼』

通常であれば力神であるところも、今回は鬼です。
頭に角があることが確認できます。

持送り

持送り:『山水草木』

貫腕

明治20年代に量産された板勾欄型とはまた違う模様です。

和歌山県の市脇先代と部材の形状はよく似ていますが、模様の入り方は全然異なります。
また、先程脇障子の形状が似ていると挙げた二台は貫腕が交換されているので比較できません。

土呂幕

前方:『大江山鬼退治』

毎度毎度、前方土呂幕はカチアイの影響か、やはり欠損しています。
元は扉式と思われますが、どこかの時点で彫り直されたようです。

後方:『大江山鬼退治』

右面大屋根側:『大江山鬼退治』

右面小屋根側:『大江山鬼退治』

左面大屋根側:『大江山鬼退治』

左面小屋根側:『大江山鬼退治』

いずれもやられる鬼や逃げる鬼などが彫刻されています。

下勾欄・台木

右面

左面

台木には彫刻がありませんが、大きな玄武の金具が取り付けられています。

左面

二枚ホゾで角台木。オリジナルではなく、後の時代に交換されたものと思われます。

金具

①破風中央:『雲海に菊紋・宝珠』
②破風傾斜部:『昇龍』
③破風端部:『雲海』
④垂木先:『小林』の文字。
⑤縁葛:『唐草模様に唐獅子』
⑥肩背棒先:『五瓜に二つ葵紋』 珍しい家紋です、検索してもヒットしません。

銘板

『細工人 住吉郡 住吉村 大佐』と書かれています。

オリジナルの状態で銘板は存在しておらず、製作年代から推定して作成されたものと思われます。
住吉郡住吉村は明治19年以前に製作された住吉大佐の地車に見られる表記です。

先代地車

使用していた提灯飾りと屋根まわりの一部が小屋に保存されています。

いかがでしたでしょうか。

有名な地車でインターネットにも色々情報が書かれているので、あえて私が記事にするほどでもないですが、何か新しい発見の参考となれば幸いです。
例祭は秋祭りですが、宝塚のだんじりは例年春に行われる宝塚だんじりパレードでも見ることが出来ますので、機会を見つけてご訪問されてはいかがでしょうか。

最後までご覧いただき、ありがとうございました。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。