松原市布忍神社 更池地車

皆さんこんにちは。

折角の年末年始なので沢山記事を書いていこうと思います。
これまでの記事を振り返ってみると、銘車と呼ぶべき立派な作品の地車をあまりご紹介出来ていなかったように思いますので、その第一弾?として、今回は更池地車をご紹介いたします。

更池地車は堺金田村の地車大工、河村新吾の銘入り地車で、彫刻の素晴らしさやつくりの豪華さから一際力を入れて製作されたものと考えられます。
これまでに外駒化された以外の改修を受けていないのも評価出来る点で、貴重なオリジナルの姿を見ることが出来ます。

それではご覧ください。

松原市布忍神社 更池地車

◆地域詳細
宮入:布忍神社
小屋所在地:

◆地車詳細
形式:板勾欄出人形堺型
製造年:1881年(明治14年)7月 (大屋根裏面に墨書きあり)
大工:河村新吾
彫刻:【彫又】西岡弥三郎

参考)製造年について
『松原市ホームページ 歴史ウォーク 138 河村新吾上棟の更池だんじりhttps://www.city.matsubara.lg.jp/bunka/work/3/7706.html 

姿見

左が前方、右が後方。

外駒化で若干増している部分もありますが、かなり背が高い地車です。

側面より

肩背棒を延長して、前後に舞台を作っています。
お囃子は後方で演奏されるので、曳行中は車内には誰も乗りません。

斜め前より

斜め後より

破風

勾配が急で、美しい曲線を描いています。
端部はそのまま流れるように下がり、なで肩になっています。

枡組

妻側の肘木は桁より前方に飛び出し、唐獅子の彫刻。
隅行肘木には龍の彫刻が施されています。

鬼板

上から
大屋根前方:『龍』
大屋根後方:『獅子噛』
小屋根:『獅子噛』

前方のみ飾目になっています。
小屋根の獅子噛の表情から西岡弥三郎師の作品であることがよく分かります。
守口市の土居地車等と似ています。

懸魚

上から
大屋根前方:『鷲』
大屋根後方:『雲海』
小屋根:『鳳凰』

前方は飾りでよく見えませんが、鷲です。

車板

大屋根前方
車板:『雲海』
神額:萬代も更池の郷より布忍の神乃神幣を捧ぐ、と書かれていますが、経年により薄れて見えなくなっています。裏面には河村新吾の墨書きも入っています。

引用)墨書きの内容について
松原市ホームページ 歴史ウォーク 138 河村新吾上棟の更池だんじり https://www.city.matsubara.lg.jp/bunka/work/3/7706.html

枡合・虹梁

大屋根前方
枡合:『雲海・獅子退治』
虹梁:『龍』

枡合は上下2段に分かれており、上段は斜め下側を向くように取り付けられています。

右面大屋根側
枡合:『?』
虹梁:『龍』

台輪・構造材としての虹梁には雲海の模様が彫られています。

右面小屋根側
枡合:『雲海』

左面大屋根側
枡合:『?』 平側枡合はよく見えませんが、どれも退治モノのように見えます。
虹梁:『龍』

左面小屋根側
枡合:『雲海』

車内枡合

車内枡合:『牡丹』

木鼻

上が右面、下が左面
木鼻:『阿吽の唐獅子』

柱巻き・板勾欄・縁葛

まずは全景から。
賤ケ岳の合戦が彫刻されています。

柱巻き:『賤ケ岳の合戦 豊臣秀吉・佐久間玄藩』

板勾欄型の柱巻きの題材によく採用されています。

妻側に回ると武者が纏を持っています、秀吉側は千成瓢箪。

大屋根前方
板勾欄:『賤ケ岳の合戦』
縁葛:『?』

後方
縁葛:『牡丹に唐獅子』

右面大屋根側
板勾欄:『賤ケ岳の合戦』
縁葛:『牡丹に唐獅子』

前方から2本目の柱にご注目。板勾欄とは別に城の彫刻が設けられています。
この仕様は他に、同じ河村新吾の作と言われている橋本市市脇先代地車等で見られますが、その他多くの板勾欄型では見られないものです。

右面小屋根側
縁葛:『牡丹に唐獅子』

左面大屋根側
板勾欄:『賤ケ岳の合戦』
縁葛:『牡丹に唐獅子』

左面小屋根側
縁葛:『牡丹に唐獅子』

間仕切り

間仕切り:『竹に虎』

脇障子

脇障子は板勾欄で隠れており、彫刻はありません。

脇障子上人形

脇障子上人形:『麒麟』

三枚板

まずは全景から。

正面:『飛竜退治』

背景が奥に下がり、大きくスペースがとられています。

角障子

角障子:『武者』

三枚板

右面:『天竺の班足王』

左面:『大巳貴命鷲退治』

中国の題材・インドの題材・日本の題材、特に問わなく採用されているようです

摺出鼻

右面
摺出鼻:『牡丹』
摺出鼻上人形:『唐獅子』

左面
摺出鼻:『牡丹』
摺出鼻上人形:『唐獅子』

旗元

旗元:『牡丹に唐獅子』

旗台

旗台:『玄武』

持送り

前方:『牡丹に唐獅子』

貫腕

模様はこのような感じです。

勾欄持ち

勾欄持ち:『波濤』

土呂幕

前方:『門』

彫刻ではなく、家屋の門のようになっています。面白いですね。

後方:『武者』

右面大屋根側:『宇治川の先陣争い』

右面小屋根側:『宇治川の先陣争い』

左面大屋根側:『敦盛呼び戻す熊谷次郎直実』

左面小屋根側:『敦盛呼び戻す熊谷次郎直実』

下勾欄

右面:『波濤』

下勾欄はあくまでも土呂幕の演出の一環といった感じで、波濤が彫刻されています。

左面:『波濤』

台木

右面:『波濤』

2枚ホゾになっています。

左面:『波濤』

台木前方端

非常に凝った造形で、この辺りからもこの地車の力の入れようがひしひしと伝わってきます。

台木後方端

金具

①破風中央・破風傾斜部
②破風端:『唐草模様』 2種類の金具が使い分けられています。唐草模様でない方は元は金色だった?
③垂木先:『菊紋』
④台輪先:『唐草模様』 
⑤脇障子兜桁:『唐草模様』
⑥縁葛端
⑦肩背棒先:『中・若』の文字。
⑧梃子穴まわり

後方三枚板にあります。
『細工仁 金田村住人 大工 河村新吾 光保』と刻まれています。

いかがでしたでしょうか?

更池地車は毎年曳行されている訳ではなく、会長さんが祭りに積極的かどうかにより決まるそうで、曳行される年は張り紙が掲出されますので、祭礼シーズンが近づいたら要チェックです。

最後までご覧いただき、ありがとうございました。

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