大阪市旭区大宮神社 内代地車

皆さんこんにちは。
最近「今年売却・改修となった地車」を主として記事を書いておりますが、迫り来る新年を前に「去年売却・改修となった地車シリーズ」になるのではないかと危惧している私です。
全て紹介することは不可能ですので、このシリーズは一応第四弾で終わらせる予定です。

さて、第三弾は「内代」地車を選ばせて頂きました。
彫刻師が不明瞭なため様々な考察がなされている地車です。

それではご覧頂きましょう。

大阪市旭区大宮神社 内代地車

◆地域詳細
宮入:大宮神社
小屋所在地:内代小学校付近
歴史:寛永20年(1643)に徳川氏代官の支配地になったことが由来。代官の領土内→代内→内代となった。

◆地車経緯
・先代:明治12年頃に宮入した記録があるようで、先代地車があった?
・現地車:三枚板が新調当時より存在しているのであれば、明治以降の作。

◆地車詳細
形式:大阪型
製造年:江戸末期~明治22年
改修年:昭和50年代
購入年:明治22年
大工:不明
彫刻:服部清七もしくは辻田一門 三枚板は彫又一門 その他一部小松一門 と考察されている。
改修大工:梶内だんじり店
歴史:大阪市東区(現在は中央区)安土町→内代

参考)
地域の歴史について
大阪市ホームページ「町名の由来
SEYANA「野江内代が難読過ぎて読めない!読み方や名前の由来とその歴史は?
歴代内代地車について
内代青年団ホームページ「大宮神社と内代地車」より
昭和50年代の改修について
だんじり通信「都島区内代地車見学会と悲しいお知らせ・・・・
姿見

左が前方より、右が後方

小ぶりなサイズの大阪型です。
年季が入った味わい深い木の色合いをしていますが、改修後はどこまで白くなるのでしょうか?

側面より

綺麗な姿見です。 以前は赤提灯で宝も三枚板付近に取り付けられていましたが、数年前から字体がお洒落な白提灯の飾り付けになっています。

斜め前より

斜め後ろより

改修前の姿はこれで見納めなので、斜めからの写真も掲載しておきます。

破風

この色の木材で各所に修正が加えられており、破風は以前の改修で新調されたものではないかと思われます。

鬼板

上から
大屋根前方:『獅子噛』
大屋根後方:『獅子噛』
小屋根:『獅子噛』

どれも肉厚で、大変良いですね。
大屋根後方を見てみると辻田一門の作であるように見えます。

箱棟

上から右面大屋根、右面小屋根、左面大屋根、左面小屋根

大屋根は『龍』、小屋根は『唐獅子』が彫刻されています。

懸魚・桁隠し

大屋根前方
懸魚:『朱雀』
桁隠し:『麒麟』

朱雀の顔は元のものではないようですが、滑らかな尾の表現は素晴らしいですね。

小屋根
懸魚:『猿に鷲』
桁隠し:『飛龍』

大屋根前方とは異なり、こっちはゴツゴツした表現で、勇ましい鷲の身体が刻まれています。

車板・間仕切り

上から
大屋根前方:『宝珠を掴む青龍』
間仕切り:『鶴』
小屋根後方:『牡丹に唐獅子』

狭いスペースに大きく彫刻されています。
龍の歯並びやニョキッと下から飛び出ている宝珠を掴んだ腕など、特徴ありますね。
虹梁の模様は前後で異なり、龍側は波濤、唐獅子側は雲海。

間仕切りの上に宝があります。

車板

上から
右面大屋根:『吽の龍』
右面小屋根:『牡丹に唐獅子』

上が
左面大屋根:『阿の龍』
左面小屋根:『牡丹に唐獅子』

側面車板は大屋根側が龍、小屋根側が獅子で統一されています。
唐獅子の身体の細かい模様が左右であったりなかったりするのは雄・雌・親・子の違いでしょうか?

木鼻

上が右面、下が左面
木鼻:『唐獅子・力神』

大阪型でよく見る唐獅子・力神のセットです。
この地車の力神は特に桁を支持する役割が無いようです。

柱巻き

柱巻き:『昇龍・降龍』

この地車の素晴らしいところで、大変立派な柱巻きです。
大阪型で柱巻きを有する地車は結構ありますが、古い地車かつ大きな龍の柱巻きを持つ地車は少ないと思われます。

脇障子

脇障子:『三韓征伐 応神天皇を抱く武内宿禰・神功皇后』
赤子を抱くおじさん(?)から題材の判別は容易ですね。左右で表現されています。

脇障子2

脇障子:『谷越獅子』

この地車の特徴的な箇所で、絵振板ではなく延長された脇障子のようなもの…そのまま垂木を支持している部材です。
長瀬町地車は同様の形態を持つため、兄弟地車ではないかと言われています。

高さ方向に長い部材の特徴を上手に使い、谷越獅子が表現されています。

三枚板

正面:『朝鮮出兵 加藤清正の虎退治』

これは分かりやすい、加藤清正ですね。 よく似ている橋谷地車も同じ題材がここにきています。

右面:『?』

左面:『秀吉本陣佐久間の乱入』

いずれも豊臣秀吉に関する題材です。右面はよく分かりませんが、同じ時代の題材でしょう。

角障子

左2つが前方より、右2つが後方より

彫又一門の作のようです。
この角障子が新調当時からあったのか後の時代についたのかはよく分かりません。

勾欄合

上が前方、下が後方。
勾欄合:『唐獅子』

上が右面、下が左面。
勾欄合:『唐獅子』

だいぶ擦れてしまっていますが、細かくよく彫られた唐獅子が勢揃いです。

縁葛

上が前方、下が後方
縁葛:『十二支』

上が右面、下が左面
縁葛:『十二支』

前→右→後→左の順に見ると順番通りとなります。

土呂幕

上が前方:『波濤に兎(幕式)』
下が後方:『波濤に兎』

前方は最初から存在していなかったのか、幕式です。

右面です。
上が大屋根、下が小屋根。
土呂幕:『波濤に兎』

左面です。
上が大屋根、下が小屋根。
土呂幕:『波濤に兎』

台木

上が右面、下が左面
台木:題材無し

台木に彫刻はありません。
なかなか痛みの激しい箇所なので、今回の改修で新調されるかもしれません。

金具

①破風中央:『牡丹・唐草模様』
②破風傾斜部:『牡丹・左三つ巴紋』
③破風端:『唐草模様』
④側面葺地:『唐草模様』 垂木先:『菊紋』
⑤勾欄親柱:『唐草模様』
⑥肩背棒先:『内・代』の文字。
⑦台木先:『内代』の文字。


ここで、よく似ているであろう内代地車と橋谷地車を比較してみようと思います。

要所・比較

車板の龍は少しデザインが異なります。 脇障子は題材も構造も同じようですが、橋谷の方は垂木まで続く脇障子を欠損しているのではないでしょうか? 土呂幕の題材は同じですが、作風が異なり、恐らく彫り師も異なっているかと。

関連動画

曳行の様子です。

休憩時に演奏されたお囃子です。

いかがでしたでしょうか?

素人目の私から新たに分かることは何もないですが、複数の彫刻師が絡んだ複雑な地車であることはよく分かりました。一度改修された跡がありますが、その時は大がかりにオーバーホールしなかったのでしょうか?今回の改修で何か新しい発見があると良いですね。

ご閲覧有難うございました。

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