大阪市平野区杭全神社 東住吉区育和地車

皆さんこんにちは。

いよいよ大阪の夏祭りが始まりますね。
今年も見たい地車が同日に集中しているため、どの順番で見るか悩みどころです…

さて、今回は育和の地車をご紹介させて頂きます。
この地車は泉大津市出屋敷町の先代にあたり、姿見の美しい三枚板形式の折衷型です。 元々上地車は三枚板形式だったのですから、三枚板形式の折衷型が登場するのは至極当然だったかもしれませんが、この地車のように昭和初期の植山宗一郎棟梁の試みがなければ、折衷型の歴史はかなり変わっていたのではないかと思います。
とはいっても、昭和初期に野田・北蛇草等が登場して以来、昭和60年代に入るまで暫く三枚板形式の折衷型が登場しなかったのですが… 平成に入り、大阪市近辺(天神囃子で三枚板内側に大太鼓を置く地域)で新調ブームが起きると、三枚板形式の折衷型が増え、それほど珍しいものではなくなりました。
現在は平成21年新調の大蓮地車が最新で、少し間隔が空いていますが、そろそろ新しい三枚板形式の折衷型が登場しては良いのではないかと個人的に期待しています。
それでは、前置きが長くなってしまいましたが、育和地車の記事をご覧ください。

平野区杭全神社 東住吉区育和地車

◆地域詳細
宮入:杭全神社(宮入せず、宮司によるお祓い)
小屋所在地:杭全交差点付近
歴史:育和という地名は今川・今林・杭全の連合町会名。
平野郷・杭全神社氏子の人々が出作して住むようになった地域。
杭全神社への宮入は行わないが、平野郷夏祭りの折には宮前交差点に育和の提灯も飾られる。

◆地車詳細
形式:折衷型
製造年:昭和6年
購入年:平成5年
大工:【大宗】 植山宗一郎(棟梁初の三枚板形式)
彫刻:森曲江 黒田正勝
歴史:泉大津市出屋敷町→東住吉区育和

◆歴代育和地車
・先代(初代):平成元年に高石市綾井から購入、現地車購入につき守口市大庭町へ。
・現地車(2代目):平成5年に泉大津市出屋敷町より購入。

◆地車修理/詳細
・昭和48年:締め直し。

参考)
歴史・経緯について
『山車・だんじり悉皆調査』
製造年・修理年について
花内友樹 著 濱八町地車祭禮
姿見

左が前方、右が後方。

中央で一旦キュッと引き締まる姿見は折衷型ならでは。 後方も腰上・腰下のバランスが良く、彫刻が詰まっています。 当地へ嫁ぐ際に肩背棒が丸形から角形へ交換されました。

側面より。

後方まで勾欄がまわっていることがよく特筆されます、折衷型では珍しいですね。
最近の大阪型はそうでもないようですが、擬宝珠勾欄の堺型・住吉型では後方まで勾欄がまわります。

破風

勾配はありますが、箕甲の引き具合からか、なめらかな印象を受けます。 主懸魚は大きく、桁隠しは小さく。お互いに下端はほぼ位置が揃っています。
この仕様は同時期に作られた田中町先代(現・松原市河合)の地車も同じ。

鬼板

黒田一門の鬼熊です。
現在の出屋敷町地車の鬼熊はこの鬼熊を参考に製作されています。
正面・側面のカチアイもあった時代の地車…鬼熊の接触もあったかと思います。擦り傷は戦いの勲章でしょうか?

箱棟

箱棟:『鶴』

鶴の彫刻が入っていました。

懸魚

大屋根前方
主懸魚:『義経八艘飛び』 桁隠し:『麒麟』
主懸魚はロープであまりよく見えませんが、中央に義経がいるのでしょう。 欠損していますが下端には千鳥が3羽つくのは珍しいですね。

小屋根
主懸魚:『素戔嗚尊大蛇退治』 桁隠し:『雲海』
かなり繊細な波の表現、奥行き、彫り抜き加減…素晴らしい作品です。

隅出

上が右面、下が左面。
隅出:『阿吽の龍』

かなり大きく部材がとられており、存在感がありました。

車板

上から
大屋根前方車板:『猿に鷲』 大屋根前方虹梁:『秀吉本陣佐久間の乱入』 小屋根車板:『源頼政鵺退治』

前方・後方共に車板と枡合を一体にして製作されています。
大屋根前方車板に猿に鷲の題材は田中町先代や野田先代と同じです。

金綱で見える角度が制限されていますが、鵺退治は素晴らしい雰囲気です。

右面です。
上から
大屋根枡合:『牡丹に唐獅子』
大屋根虹梁:『武者』
小屋根枡合:『牡丹に唐獅子』

左面です。
上から
大屋根枡合:『牡丹に唐獅子』
大屋根虹梁:『武者』
小屋根枡合:『牡丹に唐獅子』

虹梁の烏帽子型兜の人物は加藤清正でしょうか?

木鼻

上が右面、下が左面。
木鼻:『唐獅子・飛龍』

かなり荒々しい表現の唐獅子です。

大屋根後方は絵振板の様に広がった部材で飛龍。 小屋根の繋ぎ目は見せたくない、という大工の理念が現れているのか?

間仕切り

間仕切り:『青龍』

虹梁の1.5倍程度、縦に長い部材を用いて作られています。

脇障子

左が右面、右が左面。
右面:『新田義貞稲村ヶ崎投剣の場』 左面:『加藤清正虎退治』
脇障子がまた良い雰囲気でした。
柱に牡丹に唐獅子が刻まれているのも注目したいところ。

三枚板

正面:『加藤清正・山路将監血戦』
この地車3度目の加藤清正登場です。

右面:『加藤嘉明』

左面:『福島市松』

摺出鼻

上が右面、下が左面
摺出鼻(外側):『牡丹に唐獅子』

上が右面、下が左面
摺出鼻(内側):『牡丹に唐獅子』

見事な牡丹に唐獅子だったので内側・外側の2回に分けてご紹介します。

現在は旗飾りをしないので使用しない部材ですが、これは外すのが勿体無いですね…

勾欄合

上が前方、下が後方
勾欄合:『唐子二十四考』

上が右面、下が左面
勾欄合:『唐子二十四考』

縁葛

前方:『青龍』

後方:『武者』

右面:『武者』

左面:『武者』

前方は交換されたのかな?元々前梃子が通っていた場所だったのかもしれません。

土呂幕

上が前方、下が後方
前方土呂幕:『昇龍・降龍』
後方土呂幕:『武者』
前方は扉式。隅は梃子を入れるために少し切り欠いています。

右面です。
上が大屋根、下が小屋根
土呂幕:『敦盛呼び戻す熊谷次郎直実』

左面です。
上が大屋根、下が小屋根
土呂幕:『武者』

下勾欄合

上が右面、下が左面。
(下勾欄)勾欄合:『波濤』
右側の一番目と三番目は同じ図柄ですが、その他は全部波のパターンが異なります。

台木

上が右面、下が左面。
台木:『波濤』

動物はなく波オンリー、大きなうねりが良いですね。 下勾欄に擬宝珠はつきません。 カチアイの衝撃に耐えるためか、縁葛の裏側まで金具でがっちり固められています。

要所

①車内:お囃子の構成は大太鼓、小太鼓、摺り鉦それぞれ1つで構成。大太鼓の積み方は平野郷同様。
②車内
③前方妻台:妻台と土呂幕に切り欠きを作って梃子をさしています。曳き綱環を用いない構造も珍しいかな? ④後方妻台:旗受けと梃子穴の跡、泉州方面の地車であった証です。

金具

①屋根中央:唐草模様に銀メッキの宝珠。
②屋根勾配部:昇龍・降龍
③垂木先:菊紋と五木瓜紋
④脇障子兜桁:左見つ巴
⑤勾欄親柱付近:唐草模様
⑥肩背棒先:銀地に黒で育・和の文字。
⑦縁葛内側:金具でしっかりと固定されています。

如何でしたでしょうか?
過去にも何度か書いた気がするのですが、やはり元泉州の地車を別の地域で見ることができるのは嬉しいことですね、それが銘地車では尚更です。
曳行範囲の広い地車ですが、確か毎年小屋の前に経路が貼られていたように思います。祭礼当日は小屋前で一旦場所を確認されてから見学に向かわれるのが良いかと思います。

ご閲覧有難うございました。

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