大阪市北区大阪天満宮 天満市場地車

皆さんこんにちは。
今回は恐れ多いながらも、皆さんご存知のあの地車をご紹介致します。
天満市場地車は、類似形の存在しない三ッ屋根地車です。 天神祭にて登場し、宵宮は境内でお囃子の舞台として、本宮は渡御行列に参加して大阪の街並みを練り歩きます。 しかし、流石大規模なお祭りとあって、祭礼当日はゆっくり全体を見る機会が限られています。

今回は望遠を使ったり、あまり見せ場ではない箇所での休憩(厳密には渡御の前がつかえて止まる)を活用して撮影した画像を用意しましたので、ご覧ください。

大阪市北区大阪天満宮 天満市場地車

◆地域詳細
宮入:大阪天満宮
歴史:天神祭は大阪天満宮鎮座2年後の天暦5年(951)が起源とされており、地車の登場は元禄~享保年間と推察される。
安永9年(1780)には大阪市内から84両もの地車が宮入した記録が残っている。宮入順争いが激しく、許可を得ず曳行する地車が絶えなかったため、寛政3年(1791)に東西両奉行所より厳罰を課す布告があり、騒ぎは下火になる。
この地域一帯の地車は天保8年(1837)の大塩平八郎の乱や明治42年(1909)の天満焼けで失われたものが多い。

◆地車詳細
形式:三ッ屋根型
製造年:嘉永5年(1852)
奉納年:明治29年
改修年:平成3年、昭和10年頃、以前もあり
大工:不明
改修大工:?
彫刻:相野一門
改修彫刻:?
歴史:天満青物市場→大阪天満宮宮附地車

参考)
製造年・奉納年について
『山車・だんじり悉皆調査』
歴史について
社団法人大阪観光協会『大阪のだんじり』
姿見

左が前方、右が後方。
背丈はかなり高いように思います。 特に後方は小屋根のように前方より低くなっていないので、尚更背が高いように感じます。 飾りつけは行燈と白提灯、紋のみのシンプルな刺繍幕。お陰で構造の複雑さと彫刻が際立ちます。

側面より

柱は6本ですが、後方の間隔が広くとられており、多く存在する地車とは真逆です。
最後部の柱は土呂幕まわりは真っ直ぐではなく、斜め上方向となるよう取り付けられています。

勾欄の後方はなめらかなカーブを描き、一段上がっています。その下には腰組が組まれた豪華な仕様です。

脇障子はつきません。角障子は額縁がつき、妻側に平行に取り付けられています。

中央最上部の箇所は神座。幕の色も異なり、恐らく特別な意味合いがあります。

斜め前より

少し曳行の話も交えますと、この地車は後方を差し上げ、お辞儀をさせたりしません。構造の関係でしょうか? また、屋根に人が乗ることはありません。これは神座があるからと推察しています。

斜め後より

破風

上が妻側、下が平側

妻側はテリがなく、勾配を持ちつつ流れるようにつくられています。
平側は軒唐破風になっています。

後述しますが、金具も異なります。

鬼板

上が妻側、下が平側

鳥衾がつくタイプのものです。
それぞれ金具・鬼板の大きさ・左右の彫刻が異なります。妻側は雲海、平側は唐草模様かな。

懸魚

上から
前方:『鳳凰』
神座前方:『松』 車板:『牡丹』
神座後方:『松』 車板:『牡丹』
後方:『飛龍』

神座は一緒に妻側車板もご紹介します。
彫刻が素晴らしいことは言うまでもないですが、箱棟が貫通しながらも取り付けられる懸魚、見えにくい奥の車板まできっちり彫刻が施されているところにこだわりを感じます。

懸魚

上から
神座右面:『牡丹』
神座左面:『牡丹』

左右で図柄が異なります。彩色は控えめ。

妻側車板
イメージ 8

上から
前方:『麒麟?』
後方:『牡丹に唐獅子』

前方は行燈でよく見えませんが、尾や脚から推察。

平側車板

上から
神座右面:『梅』
神座左面:『梅』
梅の花が彫刻されています。懸魚同様、控えめな彩色です。

前方・後方枡合

右面です。
上から
前方:『吽の龍』
後方:『雲海』

左面です。
上から
前方:『阿の龍』
後方:『雲海』

提灯飾りで少し見えにくいですが、手前に大きくせり出して、龍と雲海が彫刻されています。

中央部枡合

上から
右面:『阿の鶴』
左面:『吽の鶴』

区切りにより、側面に枡合が3箇所あります。
虹梁の段差の下には素晴らしい雲海の彫刻が取り付けられています。

木鼻

上が右面、下が左面。
木鼻:『阿吽の唐獅子・漠』

後方のみ漠、その他は唐獅子が彫刻されています。

持送り

上から前方、右面、左面
持送り:『牡丹』

前方の虹梁下には持送りがつきます。
見事な籠彫りですね。

三枚板

正面:『獅子の群集』

この彫刻に魅せられた方は多いことでしょう。この地車で最もよく目立つ箇所です。 中央部の空洞と水引幕もよく考えられて作られていますね。

上から
左面:『吽の龍』
右面:『阿の龍』

三枚板と呼んでいいのかよく分かりませんが、後方左右には台形の部材で龍の彫刻が施されています。 大きな彫刻スペースで、のびのびと彫刻された龍。贅沢ですね。

角障子

上から
左面:『松に鶴』
右面:『梅に千鳥』

姿見でも書きましたが、取り付けは妻側と平行。 立体感がありますが、一枚からの彫り抜きかな?

勾欄持ち

勾欄持ち:『唐草模様』

前方隅には柱の途中から3方向にせり出した勾欄持ちが取り付けられています。

腰彫り

上から
後方:『玄武』
右面:『亀』
左面:『亀』

後方のみ玄武、側面は亀です。
親子の亀も居て、可愛らしいですね。

土呂幕

後方:『清涼殿落雷事件』

土呂幕は改修で取り付けられた新しい彫刻のようです。
前方はなく、後方及び側面3面にわたって天満宮の地車らしい道真公の生涯が彫刻されています。
生涯を語るには順番が前後してしまいますが、ご容赦ください。
後方は怨霊となった道真公が清涼殿へ雷を落とす場面。

右面です。
上から
前方:『幼少の菅公』
後方:『安楽寺』

前方は5歳で梅の花という和歌を詠んだ場面。 後方は道真公の遺骸を乗せた牛が安楽寺の前で動かなくなった場面。

左面です。
上から
前方:『天満大自在天神になる』
後方:『配所の月』
前方は左遷された道真公が自身の無実を訴えた祈りが天に届き、天満大自在天神になる場面。 後方は左遷された道真公が醍醐天皇より賜った御衣を捧げ持ち、残り香で昨年の清涼殿での宴を思い返す場面。

台木

左面

彫刻は無く、角台木です。

要所

①前方枡組:屋根形状により巻斗のすぐ近くを垂木が通ります。肘木・丸桁もかなりカットされています。
②神座枡組:平側は肘木と丸桁が一体になったもので、雲海の彫刻が施されています。
③絵振板:珍しく絵振板が取り付けられています。
④神座下組物:前方は柱の途中から肘木を出し、交差させた縁葛端に枡をかけています。後方は台輪の上に大升を乗せ、二手先で組まれています。
⑤天蓋:格天井ですが、よく見るものより更に目が細かいです。
⑥お囃子:思いの外スペースは狭いです。大太鼓・小太鼓・鉦それぞれ1つずつ。
⑦腰組:縁葛の下に斗、床板下に肘木があり、床板を支えます。
⑧腰組端:縁葛端を飛び出して交差させ、斗に乗せています。
⑨貫腕:よく見るタイプとは異なり、鉛直荷重に対して弱軸向き。差し上げには適さないでしょう。
⑩後方柱:腰のあたりで台輪のような部材が入り、一旦途切れていることが確認出来ます。

金具

①妻側屋根勾配部:『唐草模様・梅』
②妻側屋根端:破風端、平側までしっかり覆われています。
③神座妻側屋根:『唐草模様・梅鉢紋』
④神座平側屋根:『梅鉢紋』
⑤垂木先:『梅鉢紋』
⑥角障子兜桁:『梅鉢紋』
⑦勾欄親柱:『唐草模様』
⑧肩背棒先:『市・場』の文字。
⑨台木先:『梅鉢紋』と『天満・市場』の文字。

関連動画
〆はやはりお囃子で、素晴らしい演奏技術です。

如何でしたでしょうか?
大工の技術、彫刻の技術共に素晴らしい地車でした。大阪の地車文化発祥の地とも言われる天満の地車祭…見たことが無い方は是非足を運んでみては如何でしょうか?
渡御の見物はどの地点でもオススメですが、中央公会堂では一曲聴くことも出来ますし、その後先回りして陸渡御終点で船渡御へ移る作業を見るのも良いですね。また、前日は大阪ビジネスパークでお囃子の演奏もあるようですので、そちらも是非行ってみたいところです。

ご閲覧有難うございました。

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