
皆様こんにちは。
年末になり、仕事は忙しいですが地車イベント的にお暇な時期が続きますね~辛い時期です…
そんな時期だからこそ美味しいネタ (センスは私によります) を提供!
だんじりでも分からない物は調べたら出てくる時代ですが、松原神社に関する情報はほとんどありません。
堺市を転々とした地車の正体を確かめたい!そんな気持ちだけで尼崎市浜田の土地を訪れた私…
そして運良く行く先に現れてくれました!感動の対面です(笑)
と、言うわけで松原神社地車をご紹介致します。
尼崎市松原神社地車 ◆地域詳細 宮入:松原神社 住所:尼崎市浜田町1丁目 歴史:1207年『河内国通法寺領注文案』に浜田郷と書かれているのが史料上の初見。 中世には荘園を形成し、戦国時代には陣がしかれることもあった。1617年に尼崎藩領となる。1889年に大庄村、1942年に尼崎市に市町村合併されて現在に至る。 ◆地車詳細 形式:尼崎型 板勾欄出人形型から改造 製作年:明治13~15か20年頃 大工:住吉大佐? 彫刻:【彫又】 歴史:大阪市住吉→堺市上神谷片蔵→八田荘堀上→津久野大東→陶器/狭山隠→東大阪市東鴻池→尼崎市松原神社 ◆歴代松原神社地車 ・現地車:2代目にあたる。 ・先代:昭和2、3年頃手作り、平成10年頃に東大島へ。 (大島が河合工務店を経由して宝持より地車を譲渡されたため、存在せず?) 参考) 地域の歴史について Web版尼崎地域史辞典 http://www.archives.city.amagasaki.hyogo.jp/digital/apedia/ 地車の歴史について 山車・だんじり悉皆調査 http://www5a.biglobe.ne.jp/~iwanee/
姿見

左が前方、右が後方
尼崎の地では珍しい板勾欄。
担い棒で地車を操作するため、現在は尼崎スタイルです。

側面より
綺麗にはされていますが、大幅な改修はないため原型が伺えます。
訪れる前はこれほど綺麗に整備されているとは思っていなかったので、大切にされているんだな~と嬉しくなりました。
鬼板

上から
大屋根前方:『獅子噛』
大屋根後方:『?』
小屋根:『青龍』
前方の顔はなかなか印象深い顔です。
小屋根飾目の青龍は西組先代では大屋根後部に来ていました。
この地車は大東としても活躍していた時期があったので、当時はそっくりな地車が並ぶということもあったんだろうな~と思います。
懸魚

上から
大屋根前方:『朱雀』
大屋根後方:『雲海』
小屋根懸魚:『鷲』
小屋根桁隠し:『鶴』
車板・枡合

上から
大屋根前方車板:『雲海』
大屋根前方枡合:『牡丹に唐獅子』
小屋根後方車板:『無地』
小屋根後方枡合:『唐獅子』
車板のところに旗元の彫刻が来ていますね。
現在は旗は使用していませんが、擦出鼻は残っています。
枡合・二重虹梁

①大屋根右面 枡合:『牡丹に唐獅子』、二重虹梁:『飛龍』
②小屋根右面 枡合:『牡丹に唐獅子』
③大屋根左面 枡合:『牡丹に唐獅子』、二重虹梁:『飛龍』
④小屋根左面 枡合:『唐獅子』
飛龍はどれも大きなもので、欠損が無かったので見ごたえがありました。
この地車の枡合の唐獅子はよく球を転がして遊んでいます。
木鼻

上が右面、下が左面
木鼻:『阿吽の唐獅子』
サイズはやや大きめで、しっかり彫刻されていました。
正面二重虹梁・柱巻き・板勾欄・出人形・縁葛

二重虹梁:『飛龍』
出人形:『青龍、猿に鷲』
縁葛:『谷越獅子』
退治…という訳ではないようです。
しかしこれほど大きな2体が出没したらビックリしますね。柱巻きの人間もいい表情をしています。

柱巻きと出人形だけを拡大。
板勾欄・縁葛

上が右面板勾欄:『青龍』
下が左面板勾欄:『獅子』
板勾欄ですが、端は擬宝珠が付くようです。
脇障子人形

脇障子人形:『武者』
花戸口虹梁

花戸口虹梁:『素盞鳴尊大蛇退治』
カットはされて、上に移動しています。
きちんと残してくれているので嬉しいですね。
三枚板

正面:『加藤清正の虎退治』
あるならここ辺りに大佐の銘板が…と思ってたんですが、無かったです。

右面:『劉邦』
これは劉邦でいいんでしょうか?ちょっと分かりませんが、祭礼のポスターにもこの彫刻の写真が使われていました。
それだけいい表情をしているんです。

左面:『天竺の班足王』
こちらも素晴らしい作品でした。
着色もいい感じですね。
左右の三枚板は本当にオススメです。
角障子

角障子:『武者』
土呂幕

①正面:『松・水流』 こちらは正面等でよく見る題材。 土呂幕は扉式になっています。
②後部:『鷲』、旗台:『力神』 土呂幕に鷲が来ていますね~これは初めて見ました。
③右面:『武者』 枚方市日置天神社の門口南町の左面もこの題材です。
④左面:『後藤又兵衛虎退治』
台木

上が右面、下が左面
足回りは登場当時のままのようですね。嬉しい限りです。
要所

①破風端部:金具は龍の髭以外全て交換済。
②枡組:小屋根より、普通の組み方です。
③摺出鼻:松が彫刻されていました。 残してくれているのは嬉しいです。
④芯金:登場当時から芯金はこの場所です。
⑤正面妻台:雛壇からブレーキを装備していた時代の名残が伺えます。
⑥後部妻台:後梃子の差し穴が見えます。そして何故かツツミが巻かれています。
いかがでしたでしょうか? 堺市を転々とした地車ではありますが、松原神社地車として21年が経とうとしています。 この地車は最後の居場所を見つけたのかもしれませんね。 この地車を知る方は久々に懐かしい姿に会いに行ってみるのも悪くないと思いますよ。 それでは今回はこの辺で。 お声かけ頂いた方、有難うございました。