東大阪市長瀬神社 衣摺地車(先代)

皆さんこんにちは。
前回の予告通り、今回からは今年売却・改修となった地車を紹介していこうと思います。
第一弾は「衣摺」です。このだんじりは永らく衣摺の地で活躍していましたが、新調に伴い今年売却となりました。
昨今の中古車市場は厳しく、なかなか嫁ぎ先が決まらない印象がありましたが、それは下地車だけなのか、目出度く嫁ぎ先が決まり、今後も元気に活躍する姿が見れそうです。

それではご覧頂きましょう。

東大阪市長瀬神社 衣摺地車

◆地域詳細
宮入:長瀬神社
小屋所在地:長瀬神社前
歴史:地名の由来は万葉時代に遡る。(7世紀後半~8世紀前半)
河内は渡来人が多く住み着き、若江郡錦部郷(八尾市西部→新家町・幸町・若江本町付近)を中心に染め織りの技術が発達し、隣接する衣摺には衣に色を摺る仕事を持つ人々がいた。
また衣摺の戦いにて、聖徳太子が榎の木に衣の袖を摺り付けて守屋の死を敵ながら嘆いたことから衣摺と呼ばれた説もある。

◆地車詳細
形式:擬宝珠勾欄住吉型
製造年:明治時代
購入年:大正2年
大工:住吉大佐?
彫刻:【彫清】
歴史:東成郡赤川村→衣摺

◆歴代衣摺地車
往古は箱提灯を出す。
先代(初代):明治24年新調、大工は片江村宮崎喜三郎。大正初期まで曳かれ、解体。彫刻は光泉寺南の辻の地蔵へ。
現地車(2代目):東成郡赤川村より購入。
新調地車(3代目):2016年隆匠にて新調。

参考)
歴史について
東大阪市ホームページ「衣摺の地名のいわれ

先代地車ついて
山車・だんじり悉皆調査 http://www5a.biglobe.ne.jp/~iwane
姿見

左が前方、右が後方

縁葛の上下に2枚縁板があることが特徴です。最近新調された都島神社地車講の地車も同じ仕様で、見た目が重厚になります。
しかし、住吉大佐の地車としては特異なもので、同じ仕様は若江東部地車しか存在しません。

側面より

側面より

住吉型ですが、大屋根の高さは抑え気味で、小屋根との段差が殆どありません。
枡組があり、枡合と虹梁で構成されています。

破風

恐らくオリジナルのままと思われます。
彫清の手が入った懸魚(題材が神獣以外)はごわっとしているので、遠くから見てもかなり目立ちます。

鬼板

上から
大屋根前方:『獅子噛』
大屋根後方:『獅子噛』
小屋根:『獅子噛』

彫清の獅子噛です。
八重歯はなかなか珍しいのではないでしょうか?八重歯を生やすために部材の取り方も通常とは異なり、口元を2枚の板で作るこだわり様… これが口元をかなり分厚くし、特徴的な顔を生み出しているのでしょう。

懸魚・桁隠し

大屋根前方:『素戔嗚尊 八岐大蛇退治』

龍の顔が残念ながら欠損・補修されていますが、素戔嗚尊の顔は健在。良い表情です。
隣懸魚は改修後の彫りですが、改修前から存在はしていたようです。

小屋根:『猿に鷲』

車板・枡合

上が大屋根
車板:『虎・龍』
枡合:『牡丹に唐獅子』

下が小屋根
車板:『牛若丸鞍馬山修行の場』

枡合と車板を一体化して題材を入れています。 改修前の彫刻が残る大変良い箇所です。

間仕切り

間仕切り:『鶴』

枡合・虹梁

右面です。
上が大屋根、下が小屋根
枡合:『吽の龍』
虹梁『牡丹に唐獅子』

左面です。
上が大屋根、下が小屋根。
枡合:『阿の龍』
虹梁『牡丹に唐獅子』

虹梁は牡丹に唐獅子を基本とし、珠をとっていたり、親子で居たり、バリエーションが豊富です。

木鼻

上が右面、下が左面
木鼻:『唐獅子』

胴体まで彫られたタイプで、全部で6体です。 改修前の写真には飛獅子がいますが、どこにいったのでしょうか?

柱巻き

柱巻き:『昇龍・降龍』

現代風の龍の柱巻きです。
改修前は唐獅子がくり抜かれた角柱?

脇障子

脇障子:『平景清錣引き』

角障子

角障子:『児島高徳 桜木に和歌を詠む』

角障子にこの題材は城東区関目地車を思い出します。

三枚板

正面:『漢高祖龍退治』

劉邦の胴体・龍の顔共に交換されています。

右面:『?』

左面:『義経八艘飛び』

同じ題材、同じ彫師では東大阪市川俣地車を思い出します。

勾欄合

上が前方、下が後方。
勾欄合:『富士の巻狩』

上が右面、下が左面。
勾欄合:『富士の巻狩』

有名な場面『仁田四郎猪退治』は右面一番後ろにあります。

縁葛

前方
縁葛:『武者』

後方
縁葛:『武者』

右面
縁葛:『武者』

左面
縁葛:『武者』

勾欄持ち

勾欄持ち:『阿吽の獅子』

損傷しやすい箇所ですが、大変良い雰囲気の獅子が残っていました。
この部分だけでもかなりの価値を感じます。

土呂幕

上が前方:『波』
下が後方:『難波戦記?』

前方は驚きました、これは台木の波ですね。
波の入り方的に妻側かなぁ?と思い、見てみると改修で作りかえられていました。やはり以前の台木のようです。

上が大屋根、下が小屋根。 右面:『難波戦記?』

上が大屋根、下が小屋根。 左面:『難波戦記?』

金棒等から判断しています。右面が薄田隼人、左面が加藤清正でしょうか?。
どれも欠損なく、見応えのある大変良い彫刻です。

勾欄合(下勾欄)

勾欄合(下勾欄):『波間に兎』

下勾欄の勾欄合は片側6枚、両面で12枚の仕様。
下で紹介しますが、持送りに被るほど下勾欄が長いです。

持送り

持送り:『唐子遊び』

下勾欄の親柱に隠れているため、見落としがちですが、よく彫られています。 後方左右は顔のみ彫り替え。

台木

上が右面、下が左面
台木:『波濤』

動物の彫刻はありません。
先端の金具は平側まで大きく覆われた特徴あるもの。

金具

①破風・葺地には鳳凰・左三つ巴紋。
②大屋根後方、破風傾斜部には雲海の金具。
③平側の葺地金具は唐草模様のみ。垂木には菱紋でしょうか?
④脇障子竹の節があり、その先に左右で「宮」「西」の文字。
⑤肩背棒先、前は「衣」「摺」、後は「保」「存」の文字。
⑥勾欄親柱付近、桃谷界隈の地車で見そうな金具がついています。縁葛端は黒地で透かしたもの。
⑦台木先端、波模様が入っています。

要所

①枡組形状、組み方は変わっていないですが、改修時に交換されたようです。
②宝、改修前はよくあるように三枚板付近に飾っていましたが、前方中央に釣っています。
③鳴物は大太鼓・鉦・小太鼓それぞれ1つずつあります。新調後は音色も変わるんでしょうか?
④大した点ではありませんが、この場所に発電機を釣っているのもなかなか珍しいと思います。
⑤引綱環、一つで菊門のようです。
⑥2枚ほぞでしっかり固定されています。

いかがでしたでしょうか?

長瀬地区は祭礼が盛んで、春・夏・秋と地車を見ることができます。地区内の大半の地車が折衷型で、衣摺の地車が売却となると、横沼を除く全ての地車が近年新調された地車となります。
新しい地車はどのようなものなんでしょうか?やはり折衷型でしょうか?完成を楽しみに待ちたいと思います。
衣摺の皆様、出発前の忙しい中、お邪魔致しました。

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