大阪市城東区諏訪神社 諏訪地車

皆さんこんにちは。

今回ご紹介するのは城東区の諏訪地車です。
諏訪はこれまで、東成区中本より購入した江戸時代製作の大阪型地車を所有していましたが、この度大下工務店×辰美工芸のタッグで地車を新調され、令和元年5月19日に入魂式・お披露目曳行が行われました。

私自身、過去に諏訪で地車を曳かせてもらったことがあり、新調したいなぁ・・・という話は何度も聞いておりましたので、今回の入魂式は私も特別嬉しい気持ちで迎えました。

地車新調の構想から10年・・・長い年月を経て念願の新調となった諏訪。いい地車が出来上がりました。ご覧ください。

大阪市城東区諏訪神社 諏訪地車

◆地域詳細
宮入:諏訪神社
小屋所在地:神社境内
歴史:菅原道真が太宰府に左遷される際に立ち寄ったことから、この地域一帯は左専(左遷)道村と呼ばれていた。現在の地名は氏神である諏訪神社に由来する。

◆地車詳細
形式:折衷型
製造年:2019年(令和元年)
大工:大下工務店
彫刻:辰美工芸

◆歴代諏訪地車
・先代地車:大阪型、慶応年間製作で、東成区中本より購入。現地車新調に伴い、柏原市大正東へ。
・現地車:折衷型、2019年新調。

(余談)先代地車以前に、青年が独自で購入したが村に受け入れられなかった地車があり、現・東灘区東明地車がそれにあたる。

姿見

左が前方、右が後方。

先代地車より大きくなりました。

側面より。

三枚板・土呂幕共によく彫刻が詰まっています。
折衷型要素として枡組が入りましたが、昔ながらに勾欄が後方までしっかり回されているため、地車の骨格が明確で、硬派なイメージです。
一方、下勾欄はお洒落に跳勾欄となっており、四隅のみで縁を切ることで、土呂幕の彫刻を見せる妨げにならないように工夫されています。

斜め前より。

御披露目当日の化粧は控え目でした。夜の化粧はどうなるのか夏祭りが楽しみです。

破風

切妻型です。

幅広で少し角ばった印象、テリが効いています。

鬼板

上から
大屋根前方:『獅子噛』
大屋根後方:『獅子噛』
小屋根:『獅子噛』

三面共に獅子噛です。川原一門の獅子噛にインスパイアされた印象。
遠くで見るのと近くで見るのでは異なった表情を見せてくれます。

箱棟

箱棟:『諏訪神社社紋』

この部分もしっかり彫刻が施されています。

懸魚・桁隠し

大屋根前方
懸魚・桁隠し:『諏訪神社 道真腰掛岩に座る』

村に所縁のある題材が採用されました。

菅公腰掛石の由来

第六十代醍醐天皇の御代、当時右大臣であった菅原道真公が昌泰四年(西暦九〇一年)筑紫の大宰権師として左遷配流の身となられ、河内道明寺に在住の伯母君にお別れのため、当神社前の堤上の道を通られ当神社にご参拝になった。
この時、この石に腰掛けられて御休憩になられた。そして諏訪大明神が身の行く先を助け導く神と聞き、御神号の額一面を奉納されたという。
村人は菅公の御身上に同情し、地名を左遷道と改めた。(のち再び左専道と改め近年まで用いられていた)
なお腰掛石の横の手水鉢は菅公の子孫である平直貞が先祖の縁を偲んで享保二年酉中夏に奉納した物である。
この腰掛石に触れると学業成就の願いが叶うと伝えられている。

神社内の掲示より引用

神社境内にその実物がありますので、是非同時見物を。

小屋根
懸魚・桁隠し:『諏訪獅子奉納之舞』

こちらも村に所縁のある題材。諏訪と言えば秋祭りでの獅子舞奉納。無形民俗文化財に指定されている歴史ある文化です。

これがその実物です。

獅子
大阪市城東区・諏訪神社

此の獅子は豊臣秀吉公が天正十八年(1590)小田原城攻略、戦勝に際し、大阪城鎮護の神として崇敬した諏訪神社へ奉納したものと伝えられている。
雌、雄一対で押すを「白豊号」、雌を「白雲号」と称していたが明治十八年(1885)の大水害にて雄獅子は流失し、現在雌獅子のみ残っている。作者は詳でないが、獅子の製法は和紙を貼り合わせ漆工を加えた所謂一閑張りであることが特徴であり、その舞の雄大なるは胴体をなす毛皮の豪華さと共に広く世に知られ、大阪の数ある祭の中で無形文化としての価値高いものの一つである。

社務所内の額より引用

枡組・隅出

隅出:『親子獅子』

五段二手先の組み物がつきました。

狭い空間にバランスよく、綺麗に配置されています。

車板・枡合・虹梁

大屋根前方
車板・枡合・虹梁:『天之巌戸開き』

部材の区切りは明確にさせながらも、一つの題材としてまとめてあります。

小屋根
車板・枡合:『素戔嗚尊 八岐大蛇退治』

スサノオを取り囲むように襲いかかる大蛇、緊迫した状況に目を見張る作品です。

枡合・虹梁

右面大屋根側
枡合:『日本武尊 野火の難』

右面小屋根側
枡合:『七福神之宴』

小屋根側は少しほっこりする題材。

左面大屋根側
枡合:『神武東征』
虹梁:『武者』

新天皇陛下御即位で賑わう日本ですが、初代天皇である神武天皇が題材に採用されました。
地車彫刻ではよく施される日本建国にまつわる題材です。

小屋根側
枡合:『七福神之宴』

右面とセットになっています。

車内虹梁

車内枡合:『牡丹に唐獅子』

車内にもこの部分に彫刻が施されています。

木鼻

木鼻:『阿吽の唐獅子』

全部で6体います。 どれも少し斜めを向いているのが特徴。前足のつけねに水引幕の吊り紐通し用の穴が設けられています。

脇障子

脇障子:『武者』

武者が1人ずつ彫刻されています。
私としたことが、右面は撮り忘れてしまった模様・・・再度撮影したら画像を差し替えます。

三枚板

正面です。
まずは角障子も含めた全景から。

正面:『木村重成 左専道之合戦』

正面には豊臣方の武将が主役となる彫刻が施されました。

別角度から。

中央にはお不動さん。
類を見ない構図に驚いた方も多かったことでしょう。勿論これも地元に所縁があるものです。

させん堂不動寺

させん堂不動寺

不動明王を本尊とする真言宗の寺院です。
豊臣秀吉が大坂城を築城したとき、現在の生國玉神社のあたりにあった不動堂は取り壊され、慶長七年(1602)に東成郡木野村において再建されたと伝えられます。その後水害に見舞われ、宝暦九年(1759)に現在の場所へ移されました。
江戸時代の書物「摂津名所図会大成」に「左専道不動」としてその名が見え、日々参拝の人が絶えなかったといわれ、広く信者を集め、とりわけ正月二十八日の「初不動」には多くの人々が参詣し、たいへんな列が絶えないほどの賑わいを見せていたそうです。現在は大阪四不動尊詣の「東方不動尊」として、東方を担っています。
天明二年(1782)の銘が刻まれた梵鐘は、美術史上保存の必要性があるとして、戦時中も供出を免れました。

平成二十九年三月 城東区役所

境内の掲示より引用

この彫刻にはちょっとした遊び心も。
馬の腹部にご注目・・・深くは書きません。

振り返る馬も含め、良い表情をしています。

角障子

角障子:『武者』

左右に1人ずつ大きく彫刻されています。

三枚板

右面:『後藤又兵衛 鴫野之合戦』

脇障子・角障子一体で構成されています。

後藤又兵衛の馬乗り。 豊臣方の英雄です。

やられ役の雑兵。

脇障子・角障子

右面脇障子・角障子:『武者』

三枚板

左面:『佐竹義宣 蒲生今福之合戦』

こちらも脇障子・角障子一体で一つの題材。 正面・右面とは異なり、徳川方の武将が主役です。

この彫刻を熱心に撮っている人がかなりいた気がします。
良く彫れていますね。

別角度からもう一枚。

脇障子・角障子

右面脇障子・角障子:『武者』

勾欄合・番号持ち・縁葛

勾欄合:『松竹梅に千鳥・鶴』
番号持ち:『諏訪神社獅子舞』
縁葛:『藤吉郎小六 矢作橋の出会い』

勾欄合は大半が千鳥ですが、所々に鶴がいます。
番号持ちのある上地車は大阪市内では初でしょうか? 縁葛は全て豊臣秀吉にまつわる題材で統一されています。

勾欄合・縁葛

勾欄合:『松竹梅に千鳥・鶴』
縁葛:『醍醐之花見』

架木隅飾り

架木隅飾り:『波濤に千鳥』

勾欄は四方に回しながらも、三枚板付近は架木の縁を切る。深井畑山町・横沼地車にも採用されている方法です。

勾欄合・縁葛

勾欄合:『松竹梅に千鳥』
縁葛:『草履取り 藤吉郎』

勾欄合:『松竹梅に千鳥・鶴』
縁葛:『藤吉郎 富士川之初陣』

勾欄合:『松竹梅に千鳥・鶴』
縁葛:『秀吉 備中高松城水攻め』

勾欄合:『松竹梅に千鳥・鶴』
縁葛:『秀吉屈辱を忍ぶ』

土呂幕

前方:『秀吉本陣 佐久間之乱入』
後方:『大阪城落城 淀君之最期』

前方の題材は様々な地車に彫刻されている人気の題材です。この佐久間さんも口を大きく開き、敵陣目掛けて突っ込んでいます。

後方は燃え盛る大阪城を背景に、秀頼と共に自害することになる淀殿の最期の姿が彫刻されています。

右面:『本能寺の変』

少し時代は戻って、織田信長の最期の場面です。 前後一枚続きに見えるよう、作られています。

応戦する信長。
寺の木鼻・蟇股まで彫刻されているのは細かくて面白いですね。

信長に槍を向けるのは安田作兵衛。

桔梗紋の鎧は明智光秀。

森蘭丸の奮戦。

左面:『茶臼山 家康本陣急襲す』

ここでの主役は真田幸村です。敵陣目掛けて突っ込んで行く様子が彫られています。

やられ役の武者。

家康の前に立ちはだかる勇敢な武者。

逃げる徳川家康。

下勾欄

下勾欄:『波濤に千鳥』

跳勾欄は岸和田型・神戸型のみが有している特徴ある勾欄でしたが、最近は折衷型にも採用されることがあります。
例としては、南寺方地車の腰組の上部、下勾欄として組まれたのは野堂町南組が初でしょうか。

台木

台木:『波濤に兎』

題材自体は珍しくはありませんが、台木にこの題材が来るのは珍しいですね。

金具

①破風中央:『諏訪神社社紋』
②破風傾斜部:『昇龍』
③破風端:『唐草模様』
④垂木先:『諏・訪』の文字
⑤車内:宝が取り付けられています。
⑥脇障子兜桁:『諏訪神社社紋』
⑦縁葛端:『牡丹』
⑧肩背棒先:『諏・訪』の文字
⑨制動装置:ペダル式ブレーキ併用の梃子制動が残りました。宮入でのジャックナイフに活躍しそうです。

いかがでしたでしょうか。

少し力を入れて新調諏訪地車をご紹介させていただきました。
地車のパーツに今後流行となるのではないかと期待出来るような新しい要素を沢山取り入れ、地元所縁の題材を余すことなく彫刻した素晴らしい地車が誕生しました。
令和の新時代を新たな地車と共にスタートし、今後の祭礼の益々の繁栄が期待出来そうですね。

最後までご閲覧いただき、ありがとうございました。

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