
2025年10月26日追記 令和の改修後の画像を追加しました。
皆さんこんにちは。
今回ご紹介する築地本町五丁目の地車は元・堺市山田の地車で、山田の地車新調に伴い平成6年に売却されました。
本五に嫁ぐ際に尼崎仕様の改造を行い、平成8年に入魂式を行っています。
近年では令和5年に河合工務店にて令和の大改修を行いましたが、その際に大きな発見があり、柱巻きや木鼻の裏面から製作大工である河村新吾の銘が見つかりました。
河村新吾は堺市金田村の地車大工で、多数の板勾欄型地車を製作していたと思われますが、銘がはっきりと刻まれている地車が松原市更池しかありませんでしたので、本五地車は銘ありの作品として非常に貴重な存在であることが判明しました。
過去の改造と今回の改修で、オリジナルの要素はだんだん少なくなってはいますが、まだオリジナルの要素が残っていた令和の大改修前と、大改修後の画像を比較出来るような構成にしましたので、見比べながらみていだだけたらと思います。
それではご覧ください。
尼崎市初嶋大神宮 築地本町五丁目地車
◆地域詳細
宮入:初嶋大神宮
小屋所在地:築地5丁目地車格納庫の一つ
◆地車詳細
形式:板勾欄出人形型 (尼崎型改造)
製作年:明治16年9月 (令和の大改修時に左柱巻きより大工名共に墨書きが見つかる)
購入年:1994年 (平成6年)
大工:河村新吾
彫刻:【彫又】一門
改修年:2023年 (令和5年)
改修大工:河合工務店
改修彫刻:【井波】野原湛水・山本善徳、木彫刻原 原宜典
歴史:住吉の料亭→堺市山田→尼崎市築地本町五丁目
姿見

左が前方、右が後方
小ぶりな板勾欄型です。
山田時代は板勾欄がついていましたが、尼崎の地に嫁ぐにあたり、擬宝珠勾欄化され、太く長い肩背棒に交換されています。

側面より
猫木の下に猫木を取り付け、かさ上げが行われています。

斜め前より
【令和の改修後】姿見

左が前方、右が後方。
洗いと締め直しが行われ、傷んだ彫刻が交換されました。
大きな改造は行われておらず、本五に嫁いだ時の雰囲気はそのままに、綺麗になりました。
令和の大改修は河合工務店で行われ、復元彫刻も日本の職人さんの手により行われる等、こだわりの改修工事が施工されています。
破風

頂部が丸みを帯びた破風です。
完全一致ではないですが、更池地車も頂部が丸みを帯びたしっかりと勾配のついた破風形状をしていますので、河村新吾師の作品の特徴と言えるのかもしれません。
桁隠しは取り付きません。
枡組

出三斗組で、大変シンプルな構成となっています。
鬼板

上から
大屋根前方:『獅子噛』
大屋根後方:『獅子噛』
小屋根:『獅子噛』
大屋根前方は彫り直されたものと思われます、元は飾目だったりしたのでしょうか?
大屋根後方は彫又の雰囲気がよく出ていますが、手が省略されているのが珍しいです。西岡弥三郎師の作品のような印象を受けます。
小屋根側は鬣のボリュームが横へ下へよく伸びたものですが、雰囲気は姫島(大)地車のものに似ているように感じます。
【令和の改修後】鬼板

上から
大屋根前方:『獅子噛』
大屋根後方:『獅子噛』
小屋根:『獅子噛』
大屋根前方は原師の作品に交換されました。
原師が修行をされた木下彫刻工芸の始祖、木下舜次郎師の作品を思わせる作風で、とても良い表情をしています。
大屋根前方の作品が交換されたことにより、元々大屋根前方にあった作品が大屋根後方へと移動しています。
懸魚

大屋根前方:『鳳凰』

小屋根:『鳳凰』
大屋根・小屋根で題材が統一されています。
【令和の改修後】懸魚

大屋根前方:『鳳凰』

小屋根:『鳳凰』
洗いがかけられ、程よい彩色へと直されました。
車板・枡合・虹梁

大屋根前方
車板:『牡丹』
枡合:『唐獅子』
虹梁:『龍』

小屋根
車板:『鶴』
【令和の改修後】車板・枡合・虹梁

大屋根前方
車板:『牡丹』
枡合:『雲海』
虹梁:『龍』
細かい点なので、改修前の姿を見た時点では私も気づいていませんでしたが、大屋根前方と大屋根左面の枡合が入れ替わっていたのが正しい配置に戻されています。
特に獣等の題材が与えられていないのは、往古は扁額が取り付いていたから、といった理由でしょうか。
枡合・懸魚

右面大屋根側
枡合:『唐獅子』
虹梁:『龍』

右面小屋根側:『松』

左面大屋根側
枡合:『雲海』
虹梁:『龍』

左面小屋根側
枡合:『松』
基本的には獣の彫刻で統一されていますが、小屋根側が松のみの彫刻になっています。
河村新吾の作品と思われる地車の中には、このように枡合の彫刻に獣が登場しない、といったものが見受けられます。
また、小屋根は桁の下に桁を重ねて高さをかさ上げしているようです。
木鼻

上が右面、下が左面
木鼻:『阿吽の唐獅子』
全部で8体います。
小屋根がかさ上げされているため、大屋根後方は木鼻を付けることが出来なくなっており、元はもしかすると10体居たかもしれません。
この木鼻の接合部にも河村と銘が入っていました。
【令和の改修後】木鼻

上が右面、下が左面
木鼻:『阿吽の唐獅子』
小屋根側は提灯に隠れて撮影出来ませんでしたが、令和の改修で彫り替えられたようです。
柱巻き

柱巻き:『鎮西八郎為朝の豪弓』
板勾欄型の柱巻きとしては他では見かけない題材です。
【令和の改修後】柱巻き

柱巻き:『鎮西八郎為朝の豪弓』
洗いと再彩色で目線もしっかりと整えられました。

柱巻きをアップで。
とても見やすい作品になりました。
脇障子

脇障子:『昇龍・降龍』
彫り替えられた作品のようです。
恐らく本五に嫁いで擬宝珠勾欄化した際に彫り替えたと思われます。
【令和の改修後】脇障子

脇障子:『昇龍・降龍』
ガラス目が入るように手直しされ、作品に力強さが増しました。
花戸口虹梁

花戸口虹梁:『竹に虎』
綺麗に残っています。
尼崎は大屋根下に大太鼓を横積みするので、残ったのでしょう。
天蓋彫刻はありませんでした。
【令和の改修後】花戸口虹梁

花戸口虹梁:『竹に虎』
両サイドの持送りが撤廃され、大阪方面と同じように小屋根下へ大太鼓を格納出来るようになりました。
後重心になることで、山合わせの時の機敏な動きにも多少効いてくるのではないでしょうか。
三枚板まわり

まずは全景から。
【令和の改修後】三枚板まわり

とても綺麗に蘇っているのが一目見て分かります。以下で一つずつ見ていきます。
三枚板

正面:『飛龍退治』
枠から大きくはみ出した翼が目を惹きます。

右面:『大己貴命鷲退治?』
恐らく大己貴命だと思いますが、鷲はどこにも居ませんでした。

左面:『天竺の斑足王』
これはこの題材で良いでしょう。
【令和の改修後】三枚板

正面:『飛龍退治』
細かい点ですが、飛龍の角が鹿の角だったものが木製に改められ、髭も復活しています。

右面:『大己貴命鷲退治?』

左面:『天竺の斑足王』
平側は提灯の加減で少し見えにくいですが、余分なペンキが取れ、綺麗になっているのが分かります。
角障子

角障子:『武者』
【令和の改修後】角障子

角障子:『武者』
目玉が復活し、荒い欠け継ぎがなされていた部分も綺麗に補修され、作品としての魅力を取り戻しました。
摺出鼻

摺出鼻:『松』
【令和の改修後】摺出鼻

摺出鼻:『松』
旗設備は使わないので、本来の使用目的からすると不要になりますが、後ろの肩背棒に乗る人の手すりないし支えとして残されています。
勾欄合・縁葛

勾欄合:『なし』
縁葛:『山水草木』
縁葛は全面山水草木となっており、板勾欄に合わせた人物・獣の彫刻はありません。
持送り

持送り:『波濤』
土呂幕

前方:『武者』
山田時代は右面大屋根側に存在していた出人形です。

後方:『合戦譚』
貫腕でよく見えず。

右面大屋根側:『合戦譚』

右面小屋根側:『合戦譚』

左面大屋根側:『合戦譚』

左面小屋根側:『合戦譚』
題材は不明ですが、大屋根側は馬乗りの武者、小屋根側は徒歩の武者で統一しているようです。
【令和の改修後】土呂幕

前方:菱格子
今回の改修にて綺麗で使いやすいように改められました。

後方:『合戦譚』

右面大屋根側:『合戦譚』

右面小屋根側:『合戦譚』

左面大屋根側:『合戦譚』

左面小屋根側:『合戦譚』
洗いがかけられて、こちらもとても見やすい作品になりました。
腕木

元・貫腕として使用されていたものは腕木としての機能のみに切り替わっています。
製作大工の判別材料になる部分ですが、残念ながら交換されています。
下勾欄

下勾欄:『山水草木』
波濤であることが多いですが、珍しく山水草木です。
土呂幕の題材とも連携しているものと思われます。
台木

右面:『波濤に鯉』

左面:『波濤に鯉』
恐らくオリジナルと思われます。

前方:『波濤』

後方:『波濤』
懐を作成するために、元は板勾欄だった部材を使っています。
【令和の改修後】台木

右面:『波濤に鯉』

左面:『波濤に鯉』
令和の改修における最も大きな改修場所です。
交換前の題材はそのままに、復元新調されました。
金具

①破風中央:『唐草模様』
②破風傾斜部:『唐草模様』
③破風端部:『唐草模様』
④垂木先:『菊紋』
⑤兜桁:『本五』の文字。嫁いだ際に交換されているようです。
⑥勾欄親柱:『唐草模様』
⑦肩背棒先:『本・五』の文字。木製です。
その他

小屋にありました下地車の破風です。
先代地車に関するものではないと思いますが、どんな由縁があるのでしょう。
オリジナル再現図

昔の映像を確認しながら、図に起こしてみました。
丸みを帯びた破風に桁隠しを持たない仕様。
柱巻きは柱巻き・出人形は出人形で題材を構成。
板勾欄はあくまでも出人形周囲の風景としての役割のみとなっています。

脇障子は舞台様で、舞台上に人形が載る仕様。
↑住吉大佐製の特徴かと思っていましたが、専売のものではないようです。何故、これほど似た仕様のものが異なる大工から生まれたのでしょうか。
こんもりとした波濤の形状が特徴の台木。
下勾欄は高さ寸法が控え目の仕様となっています。
いかがでしたでしょうか。
やりまわし中心の祭礼スタイルへの変化で堺を離れることになった地車の1台・・・尼崎に来てから29年が経ち、新しい姿へと生まれ変わりました。
貴重な河村新吾銘入りの作品を見に、尼崎へ訪れてみるのも良いのではないでしょうか。
最後までご覧いただき、ありがとうございました。