吹田市泉殿宮 浜の堂地車

皆さんこんにちは。

今回は吹田市浜の堂の地車が工務店入りしたとの情報が入ってきましたので、いつも通り修理前後の比較用に記事を残しておきたいと思います。

吹田は大変貴重な江戸時代の作品が現役で活躍している地域として、マニアであれば一度は見聞きしたことがあるかと思います。

古い地車ならではの真っ黒に焼けた木の色は100年以上生きることでしか得られないもので、大変風格があり魅力的ですが、現役のまま後世に貴重な文化財を残すためにはそろそろ大規模な修繕を施すべき時期になっていると思われ、地車修繕の技術が向上してきたことも相まって、最近は吹田のだんじりも工務店にて大規模に修繕を受けるものが少しずつ出てきました。

数年前は六地蔵、先日は金田町が改修を行っていますが、六地蔵のように洗いをかけて新品同様の状態にするのか、金田町のように痛んだ部材のみを交換して極力オリジナルを残すようにするのか、どのような状態で浜の堂地車が戻ってくるのか、とても気になりますね。

それではご覧ください。

吹田市泉殿宮 浜の堂地車

◆地域詳細
宮入:泉殿宮
小屋所在地:神社境内
歴史:江戸時代の吹田村は侍内・六地蔵・川面・トロス・宮之前・堀・奥・浜ノ堂・西之荘の9集落からなっていた。特産品は木綿・菜種のほか、芹・クワイ・藁製品・酒などで、神崎川沿いの吹田浜から過書船などで大坂に運ばれた。
吹田村はその後、島下郡吹田村→三島郡吹田村→三島郡吹田町→吹田市となる。
現在の住所表記の内本町は昭和38年に制定されたもので、吹田町の字前野・寿禄・前島・馬廻島・島口・南町・宮ノ前町・奥町・山開・浜ノ堂町の各一部と、字田中町・浜田・都呂須町・堀麦・砂子・御所ノ内・川面町から成る。

◆地車詳細
形式:大阪型
製作年:天保年間頃
大工:不明
彫刻:不明

参考)
地域の歴史について
角川書店 『角川日本地名大辞典 27 大阪府』

姿見

左が前方、右が後方。

浜の堂地車と言えば、勾欄前方が板勾欄のようになっており『富士の巻狩り』の彫刻が施されているのが大きな特徴です。

また、獅子噛ではなく鬼板+鳥衾の構成になっている点は、大阪市天満市場地車守口市下嶋地車を連想させるものがあり、この地車の出自が気になるところです。今回の修理で何か新しいことが判明するでしょうか。

側面より

大屋根と小屋根の段差が少ない大阪型ならではの姿見で、三枚板・土呂幕共に彫刻が施されています。
過去にも改修を受けており、台木は交換されているようです。

斜め前より

勾欄下に多めに組まれた腕木が特徴的で、先ほど話題に上げた守口市下嶋地車も同様の造りをしています。
しかし、浜の堂地車は脇障子の框で大屋根側と小屋根側の勾欄が区切られていることや、角障子を持たないこと等、違いが見られます。

斜め後より

破風

非常に分厚く、ピッチの広い蓑甲が特徴的です。美しいですね。

仕口

大屋根・小屋根共に直接の仕口なのですが、大屋根側は挿肘木が行われており、前後方向は大斗+実肘木、左右方向は大斗が直接桁を受ける造りになっています。

小屋根側は持送りが設けられています。

鬼板

上から
大屋根前方
大屋根後方
小屋根

鬼板には『濵』の文字が彫刻されており、鳥衾の先には左三つ巴紋の金具が取り付けられています。

鬼板には『濵』の文字、後方の提灯や雪洞は『濱之堂町』、平側の提灯は『浜の堂』になっており、この記事のタイトルもどの表記にするか迷いましたが、浜屋敷のホームページや祭りのパンフレットには専ら『浜の堂』と記載されていましたので、私もそれに倣うことにしました。
今の時代ではこの表記が一般的なのでしょうかね。

箱棟

箱棟:『雲海』

少しよく見えませんが、雲海模様が施されているように見えました。

懸魚

大屋根前方:『控鶴仙人』

獣の顔が交換されていましたので、一瞬梅福仙人ではないかと警戒しましたが、胴体が鶴でしたので控鶴仙人で間違いないようです。

小屋根:『猿に鷲』

車板・持送り

大屋根前方
車板:『青龍』
持送り:『牡丹』

小屋根
車板:『親子獅子』

右面大屋根側
車板:『阿の龍』
持送り:『牡丹』

右面小屋根側
車板:『牡丹に唐獅子』

左面大屋根側
車板:『阿の龍』
持送り:『牡丹』

左面小屋根側
車板:『牡丹に唐獅子』

車板はどれも定番の獣の題材となっています。
獣が飛び出すように彫刻されており、大屋根側は持送りも取り付きます。

木鼻

上が右面、下が左面。
木鼻:『阿吽の唐獅子』

花戸口虹梁

花戸口虹梁がおり、上部の車板には鶴の彫刻が施されています。

絵振板

絵振板:『阿吽の唐獅子』

飛獅子ではなく絵振板が設けられています。
提灯で見えにくいですが、かなり大振りで非常に良い作品なので、お見逃しなく。

脇障子

脇障子:『獅子の子落とし』

縦長の部材を活かした題材となっています。

三枚板

正面:『獅子の子落とし』

3体の唐獅子がおり、とても良い表情をしています。
火燈窓の細工は施されておらず、1枚の板の面積全てを使って表現されています。

右面:『親子獅子』

左面:『親子獅子』

勾欄

前方:『富士の巻狩り』

前方のみ擬宝珠を残しつつ、板勾欄のような仕様となっています。
似たような試みとして羽曳野市の古市東町地車を思い出しますが、あちらは勾欄を橋に見立てて五條大橋の題材としていましたね。
中央に富士山と松を配置し、左に仁田四郎、右に頼朝公が居ます。

仁田四郎をアップで。

頼朝公をアップで。

後方:『富士の巻狩り』

右面:『富士の巻狩り』

左面:『富士の巻狩り』

腕木・腰組

端部までしっかりと腕木が出されており、圧巻です。

柱の途中で挿肘木を出し、2段2手先となるように組まれています。

柱だけでなく、貫を通して中間からも挿肘木を出して腰組を組むことで、多くの腕木を出すことが出来ています。

土呂幕

前方:『波濤に兎』

前方は間柱が設けられており、乗降出来るようになっています。

後方:『波濤に兎』

右面大屋根側:『波濤に兎』

右面小屋根側:『波濤に兎』

左面大屋根側:『波濤に兎』

左面小屋根側:『波濤に兎』

姿見でも述べましたが、土呂幕にもしっかりと彫刻が施されています。
貫の上にも大斗が付き、もう一段上の貫を支えています。欠損している大斗は今回の修理で復元されることでしょう。

台木

交換されており、大きめの懐が設けられています。

金具

①破風中央:『唐草模様』
②破風傾斜部:『左三つ巴紋』
③破風端部:『唐草模様』
④垂木先:『左三つ巴紋』
⑤脇障子兜桁:『左三つ巴紋』
⑥勾欄まわり:『唐草模様』

黒金具ではなく金メッキの色が所々残っていましたので、今回の修理で再度金メッキが施されるのではないでしょうか。

いかがでしたでしょうか。

立派な腰組があるように建築的意匠を豊富に取り入れつつ、勾欄前方に規格外な板勾欄を設けたり、三枚板・土呂幕を幕式とせず彫刻を施す等、枠にとらわれない試みや贅沢さが感じられる面白い一台でした。

最後までご覧いただき、ありがとうございました。

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