
皆さんこんにちは。
今回も前回に引き続き、現在修理中の地車を取り上げたいと思います。
川面町地車は吹田市泉殿宮氏地で曳行されている2台のうちの1台で、嘉永7年製作の歴史ある1台です。
嘉永7年製作ではありますが、吹田市で現役で活躍している7台の中では金田町と並んで最も新しく、他の天保年間製作の地車と比べると、彫刻の点数も多く、装飾性の高い仕上がりになっている印象です。
今回は足回りの修理?と風の噂で聞きましたので、大々的に洗い掛けをされる訳ではないのではないか?と思っているのですが、貴重な歴史ある地車だけに、どのような姿で戻ってくるのか楽しみです。
それではご覧ください。
吹田市泉殿宮 川面町地車
◆地域詳細
宮入:泉殿宮
小屋所在地:神社境内
◆地車詳細
形式:大阪型
製作年:嘉永7年(1854年)
大工:並河長兵衛兼廣
彫刻:相野藤七
参考)
吹田歴史文化まちづくりセンター 浜屋敷 2019だんじりリーフレット
https://hamayashiki.com/wp/wp-content/uploads/2021/01/2019danjiri-leaflet.pdf
姿見

左を前方、右が後方。
吹田のだんじりは、今では殆ど見れなくなった、歴史を重ねて真っ黒になった木の色をした地車を見ることが出来ます。
台木はどこかの時点で修復されたのか、少し木の色が異なります。

側面より
形式としては大阪型になりますが、大阪型にしては大型の地車で、かなり背丈が高いです。
泉殿宮の鳥居をくぐる時には大屋根の箱棟を外さなければ通れないようです。
この地車を製作した並河長兵衛兼廣は地元吹田の大工なので、他所から購入してきたのではなく、恐らく川面町が新調して所有し続けているもの?と思いますが、何故そのまま鳥居を潜れないような仕様になっているのか、謎です。(東側の鳥居が低いだけ?)

斜め前より
老朽化の影響でしょうか?地車を担いだり衝撃を加えずに方向転換が出来るよう、自在キャスターが取り付けられています。
破風

非常に分厚い破風となっています。
屋根まわりに金具が一切使われていないのが特徴です。
枡合

大斗肘木になっていますが、偶然撮影したところの大斗が欠損していました。
籠彫りで牡丹の彫刻が施されています。
鬼板

上から
大屋根前方:『獅子噛』
大屋根後方:『獅子噛』
小屋根:『珠取り龍』
鬼板は大屋根が獅子噛、小屋根が飾目になっています。
小屋根は一部欠損しており、肝心の宝珠が無くなっていますが、恐らく宝塚市川面東地車や千早赤阪村森屋地車と似たデザインの作品かと思います。
余談ですが、森屋地車は川面町の1年後の安政2年に製作されていますので、この辺りの時代に複数台で採用された意匠だったのかもしれません。
川面東の地車は製作年代不明ですが、同年代の可能性がありそうですね。

参考に宝塚市川面東地車。
懸魚・桁隠し

大屋根前方
懸魚:『谷越獅子』
桁隠し:『牡丹』

小屋根
懸魚:『鬼』
桁隠し:『梅に鶯』
小屋根は突然鬼が登場したので驚きました。
周囲に鬼退治の題材がありませんので、少し謎です。
川面町と同年に同じ大工から誕生した吹田市金田町地車は鬼板と懸魚がセットの題材となっているのを見る限り、もしかすると川面町の小屋根鬼板はどこかの時点で当初計画されていたものから変わったのではないか?と思わされます。
この場合、当初鬼板に選定されていたであろう題材は『鍾馗の鬼退治』でしょうか。
当初の計画から変わったのではないか、と言うのは推察でしかないですが、同じ大工から製作された他の地車を見て、「ウチの方がもっと豪華にしてくれないと嫌だ!」となり、手を加えたような話は各地で多少なりとも聞く話なので(大阪市平野区の市町と先代野堂東、交野市の星田等…)、全くあり得ないことでは無いと思います。
車板・枡合

前方:『谷越獅子』
懸魚と題材を合わせているかは不明ですが、前方の屋根まわりは意匠が揃っています。

後方:『青龍』
通常このペアであれば大屋根側に『青龍』、小屋根側に『唐獅子』とされることの方が多いですが、川面町は逆になっています。
再び引き合いに出しますが、吹田市金田町地車も同じ場所に同じ題材が彫刻されています。
枡合

右面大屋根側:『鳳凰』

右面小屋根側:『麒麟』

左面大屋根側:『鳳凰』

左面小屋根側:『麒麟』
枡合の板材としての寸法は小さいですが、獣を別彫刻で手前に張り出すことで、存在感のある作品となっています。
欠損がどうしても多くなっていますが、170年以上前に作られた貴重なフルオリジナルの姿です。
木鼻

上が右面、下が左面。
木鼻:『阿吽の唐獅子・獏様牡丹』
妻側向きは唐獅子、平側向きは獏様牡丹で統一されています。
どこかの地車で誤って獏様牡丹に目を入れている作品を見てびっくりしたことを思い出しますが、これは”獏のようにも見える”ことを愉しむ作品なので、これが正解です。
また、大屋根後方の柱に取り付けられている木鼻は脇障子取り付けの関係か?珍しく妻側に取り付けられており、”妻側向きは唐獅子・平側向きは獏様牡丹”の意匠が徹底されています。
柱巻き

柱巻き:『昇龍・降龍』
非常に立派で贅沢な作品です、当時相当お金をかけて製作されたのではないでしょうか。
また引き合いに出しますが、吹田市金田町地車も昇龍・降龍の左右は逆ですが、同じ意匠を持ちます。
脇障子

脇障子:『獅子の子落とし』
柱巻きに続いて、脇障子も私が見惚れた作品です。
大屋根の下まで一直線に続くようにデザインされた大きなキャンバスでの獅子の子落としは大変立派なものです。

脇障子:『獅子の子落とし(上方)』
是非よく見て頂きたいので、分割して写真をアップします。
もしかすると、上方は小屋根の破風・葺地と彫刻作品が一体になっているような気がします。別部材で外れるように見えません。
その場合、かなり高精度な組み込みが行われていることになります。

脇障子:『獅子の子落とし(下方)』
三枚板・角障子

三枚板へやってきました。まずは全景から。
古い大阪型に見られる火燈窓のくり抜きと、斜め45°後方ではなく、直交方向に取り付けられた角障子が特徴的です。
直交方向の角障子とは言いますが、そもそも角障子(隅障子)はだんじりのみに適用されている用語で、社寺建築においては脇障子でしかなく、川面町地車のように直交方向に取り付けられるのが通例です。
川面町地車はよく2対の脇障子と紹介されていますが、それはそれで正しい表現だと思います。
※当サイトは地車のことばかり書いているので、この位置に取り付けられるものは直交方向だろうと斜め45°後方向きだろうと、角障子と書くことにします。
三枚板

正面:『張果老・藍采和?』
三枚板はいずれも中国の仙人や道教を題材とした作品となっています。
正面は八仙より、張果老が最も目立つところに彫刻されています。
ペアで彫刻されている人物が読み取れず、可能性としてあるのは藍采和でしょうか?

右面:『老子・荘子?』
牛と共にある人物となると、道教の始祖である老子で良いと思います。
老子とペアになる人物となると荘子くらいでしょうか?

左面:『呂洞賓?・子英』
鯉に巻物を持った人物と言えば子英で間違いありません。
隣に写る波間に立つ人物は呂洞賓でしょうか?
どの面も片方の人物は自信を持って回答出来るのですが、その隣にいる人物は疑問が残る状態です。
角障子

角障子:『黄石公と張良』
三枚板を挟んで、こちらも左右でペアとなる定番の題材です。
勾欄合

前方:『花鳥風月・玄武』

後方:『花鳥風月・午』

右面大屋根側:『卯・酉』

右面小屋根側:『申・唐獅子』

左面大屋根側:『寅・鷹』

左面小屋根側:『牛・鹿』
勾欄合の題材は干支のようで干支ではなく、関係の無い動物も多数彫刻されています。
腰組

柱から二手先になるように組まれています。
貫腕

貫腕:『牡丹』
貫腕にも彫刻が施されており、豪華さと拘りを感じました。
柱隠し

前方:『力神』
台木から腰組にかけて何もないと寂しい空間になってしまうので、その隙間を埋めるように彫刻が施されています。
支えているような恰好をしていますが、荷重はかかっておらず、構造的な役割は一切ありません。

後方:『力神』

側面:『牡丹』
平側にも同様に設けられています。
こちらも一見持送り風な形状ですが、荷重はかかっていません。
腰組に向けて自然に広がるような意匠となっています。
土呂幕

前方:『波濤に兎』
高さ方向が大きな土呂幕です。
題材は全て波濤に兎で統一されています。

後方:なし

右面大屋根側:『波濤に兎』

右面小屋根側:『波濤に兎』

左面大屋根側:『波濤に兎』

左面小屋根側:『波濤に兎』
台木

右面:『波濤』

左面:『波濤』
題材はシンプルに波濤となっています。
猫木が無いのですが、どのように車軸を固定しているのでしょうか。
また、船台に使われるような大きな自在キャスターが前方に取り付けられており、容易に方向転換が出来るように改造されています。
金具

①破風:なし
②垂木先:なし
③脇障子兜桁:『五瓜に唐花紋』 泉殿宮の神紋です。
④縁葛:『唐草模様』
彫刻は非常に豪華ですが、金物は控え目となっています。
いかがでしたでしょうか。
様々な題材の彫刻が採用されており、とても見ごたえがある作品だったと思います。
今年の吹田だんじり祭りは7月26日に開催されることが決定したようですので、言っている間に修理から戻って来た姿を見れるのが楽しみです。
最後までご覧いただき、ありがとうございました。