
みなさんこんにちは。
今回は初めての太鼓台のレポートとなります。
地車に関してもですが、太鼓台は地車よりもまだまだ知識が浅いのでこれから勉強していきたいところです。
最初はとりあえず手持ちの画像フォルダにあるものを…と思い、東町太鼓台を選んだのですが、調べていくうちに浪速彫刻師 前田安兵衛義次の彫刻を持つ貴重な太鼓台であることが分かりました。
それではご覧ください。
尼崎市塚口神社 東町(ひがしちょう)太鼓台 ◆地域詳細 宮入:塚口神社 神社所在地:塚口本町2-11-28 歴史:塚口という地名は池田山古墳等の複数の古墳が背後にあることが由来と考えられる。史料では『広島別院旧蔵蓮如上人遺文』の文明15年(1483)のところに『つか口』と書かれている。 中世には浄土真宗興正寺別院・塚口御坊を中心に寺内町を形成し、一向一揆の拠点の一つとなっていた。 近世初期に尼崎藩領となる。 大正8年以降宅地開発が進み、阪急電鉄塚口駅の開通以降、大阪・伊丹・神戸方面への交通の分岐点として栄えている。 ◆太鼓台詳細 形式:大阪型 製作年:明治初期? 大工:? 彫刻:前田安兵衛義次 改修大工:あまの地車製作所 改修彫刻:木下彫刻工芸 寸法:最大寸法高さ:約3m 歴史:大阪市上難波神社?→大阪船場の染物屋→尼崎市東町 ◆歴代東町太鼓台 先代(初代?):詳細は不明?、屋台太鼓。尼崎市水堂町へ。 現太鼓台(2代目) ◆太鼓台修理/詳細 平成15年、あまの地車製作所で大改修。 基礎を全て新調。 参考) 彫刻・歴史・歴代東町太鼓台について 山車・だんじり悉皆調査 http://www5a.biglobe.ne.jp/~iwanee/
姿見

前方より
紅白の布団に「壱番」と書かれた扇、布団締めは白地に龍、房はどれも白色でした。
他地域とは違う飾り付けである点は四方にある灯篭でしょうか?
縁葛には彫刻がなく、波模様の金具が取り付けられています。
同じ塚口の南町の地車も縁葛はこのような感じになっていました。
水引幕には『菊紋』と『七五の桐紋』。

斜め前より
棒鼻はつきません。
雲板・狭間・木鼻

前方より
雲板:『鶴』
狭間:『朱雀・玄武』

前方を拡大
雲板:『鶴』
狭間:『朱雀・玄武』
四方全てがこの題材で統一されていました。
虹梁の部分には『菊紋』と『七五の桐紋』があります。

端部を拡大
雲板:『鶴』
雲板の鶴はどれも立体的で彫りも深いです。
実肘木にも牡丹の彫刻が施され、豪華ですね。

後方より
雲板:『鶴』
狭間:『朱雀・玄武』
後方の布団には大きな『東』の文字があります

右面より
雲板:『鶴』
狭間:『朱雀・玄武』

左面より
雲板:『鶴』
狭間:『朱雀・玄武』
勾欄合・縁葛

勾欄合:『二十四孝?』
金網でよく見えませんが、前田安兵衛義次の彫刻が残っている部分と思われます。
題材は二十四孝に見えました。

勾欄親柱付近
隅木は海老江の地車のような印象を受けました。
菊紋が入っています。
灯篭には『絆』や『安全』の文字が書かれており、『五瓜に唐花紋』と塚口神社の文字。
『五瓜に唐花紋』は清水町の灯篭にも入っていました。
いかがでしたでしょうか? 初めての太鼓台レポートだったので至らないところだらけだったかもしれません… 今後も行く先で太鼓台を見つけたらしっかりとレポートしていきたいと思います。 最後までご覧いただき、ありがとうございました。