尼崎市初嶋大神宮 築地本町五丁目地車

皆さんこんにちは。

前回尼崎の地車の記事を書き、頭の中が尼崎モードになってしまいましたので、続けて尼崎の地車の記事を書きたいと思います。

本五の地車は元・堺市山田の地車で、山田の地車新調に伴い平成6年に売却されました。その後改造を受け、平成8年に入魂式を行い、現在に至ります。

板勾欄が撤廃されたので、オリジナルの雰囲気は失われていますが、山合わせにおいては軽快な動きをしているような印象で、確かに他の築地の地車に比べると、ホイールベースが短く、軽量で扱いやすそうな印象を受ける地車です。

それではご覧ください。

尼崎市初嶋大神宮 築地本町五丁目地車

◆地域詳細
宮入:初嶋大神宮
小屋所在地:築地5丁目地車格納庫の一つ

◆地車詳細
形式:板勾欄出人形型(尼崎型改造)
製造年:明治時代
購入年:平成6年
大工:不明
彫刻:【彫又】一門
歴史:住吉の料亭→堺市山田→尼崎市築地本町五丁目

姿見

左が前方、右が後方

小ぶりな板勾欄型です。
山田時代は板勾欄がついていましたが、尼崎の地に嫁ぐにあたり、擬宝珠勾欄化され、太く長い肩背棒に交換されています。

側面より

猫木の下に根木を取り付け、かさ上げが行われています。

斜め前より

破風

綺麗に丸みを帯びた破風です。
この手の形状の破風で板勾欄型と言えば大工は河村新吾の可能性が高いですが、他の河村新吾の作品と比べると、共通している点がなかなか見つかりません。

改修前の板勾欄まわりの表現を見ても、河村新吾の堺型板勾欄で用いられる人物・背景一体型板勾欄ではなく、板勾欄が背景・人物は出人形で表現する住吉型によくある表現となっています。

枡組

こちらも河村新吾の地車では長めの実肘木や独特の紋が入るのですが、そのようなものが見受けられません。

鬼板

上から
大屋根前方:『獅子噛』
大屋根後方:『獅子噛』
小屋根:『獅子噛』

大屋根前方は彫り直されたものと思われます。
大屋根後方は彫又の雰囲気がよく出ています、手が省略されているのが珍しいです。西岡弥三郎師の作品のような印象です。
小屋根側は鬣のボリュームが横へ下へ凄いものですが、雰囲気は姫島(大)地車のものに似ているように感じます。

懸魚

大屋根前方:『鳳凰』

小屋根:『鳳凰』

大屋根・小屋根とも題材が統一されています。

車板・枡合・虹梁

大屋根前方
車板:『牡丹』
枡合:『唐獅子』
虹梁:『龍』

小屋根
車板:『鶴』

右面大屋根側
枡合:『唐獅子』
虹梁:『龍』

右面小屋根側:『松』

左面大屋根側
枡合:『?』
虹梁:『龍』

左面小屋根側
枡合:『松』

基本的には獣の彫刻で統一されていますが、小屋根側が松のみの彫刻というのは珍しいです。
また、小屋根は桁の下に桁を重ねて高さをかさ上げしているようです。

木鼻

上が右面、下が左面
木鼻:『阿吽の唐獅子』

全部で8体います。
小屋根がかさ上げされているため、大屋根後方は木鼻を付けることが出来なくなっており、元はもしかすると10体居たかもしれません。

柱巻き

柱巻き:『鎮西八郎為朝の豪弓』

こちらも板勾欄型の柱巻きとしては珍しい題材です。
恐らく明治時代に作られた地車かと思いますが、三枚板の題材を含め、源平合戦や・退治モノが多いです。
江戸幕府に配慮した題材を使用しなくて良い時代背景でありながらも、積極的に(当時から見て)新しい題材を採用することはしなかった地車と思われます。

脇障子

脇障子:『昇龍・降龍』

彫り替えられた作品のようです。
恐らく本五に嫁いで擬宝珠勾欄化した際に彫り替えたと思われます。

間仕切り

間仕切り:『竹に虎』

綺麗に残っています。
尼崎は大屋根下に大太鼓を横積みするので、残ったのでしょう。

天蓋彫刻はありませんでした。

三枚板まわり

まずは全景から。

三枚板

正面:『飛竜退治』

枠から大きくはみ出した翼が目を惹きます。

右面:『大己貴命鷲退治?』

恐らく大己貴命だと思いますが、鷲はどこにも居ませんでした。

左面:『天竺の斑足王』

これはこの題材で良いでしょう。

角障子

角障子:『武者』

摺出鼻

摺出鼻:『松』

勾欄合・縁葛

勾欄合:『なし』
縁葛:『山水草木』

面により縁葛の題材が異なるといったことは無く、人物が彫刻されていたりもしません。

持送り

持送り:『波濤』

土呂幕

前方:『武者』

恐らく、元の板勾欄の彫刻を移設してきたものと思われます。

後方:『武者』

貫腕でよく見えず。

右面大屋根側:『武者』

右面小屋根側:『武者』

左面大屋根側:『武者』

左面小屋根側:『武者』

題材は不明ですが、大屋根側は馬乗りの武者、小屋根側は徒歩の武者で統一しているようです。

腕木

元・貫腕として使用されていたものは腕木としての機能のみに切り替わっています。
製作大工の判別材料になる部分ですが、残念ながら交換されているので分かりません。

下勾欄

下勾欄:『山水草木』

波濤であることが多いですが、珍しく山水草木です。
土呂幕の題材とも連携しているものと思われます。

台木

右面:『波濤に鯉』

左面:『波濤に鯉』

恐らくオリジナルと思われます。

前方:『波濤』

後方:『波濤』

懐を作成するために、元の板勾欄だった部材を使っています。

金具

①破風中央:『唐草模様』
②破風傾斜部:『唐草模様』
③破風端部:『唐草模様』
④垂木先:『菊紋』
⑤兜桁:『本五』の文字。嫁いだ際にきちんと交換されているようです。
⑥勾欄親柱:『唐草模様』
⑦肩背棒先:『本・五』の文字。木製です。

要所

小屋にありました下地車の破風です。
先代地車に関するものではないと思いますが、どんな由縁があるのでしょう。

いかがでしたでしょうか。

やりまわし中心の祭礼スタイルへの変化で泉州を離れることになった地車の1台・・・購入から15年以上経ちますが、こまめに手入れされている印象で、汚れも少なく、平成29~31年にかけて行われている尼崎市地域文化遺産活性化事業での修理対象からも外れているようです。

獅子噛だけでも交換してみたり・・・といったことは近年の尼崎の地車ではよくあることですので、オリジナルの雰囲気がまだよく残っているうちに見物はされた方が良いかと思います。

最後までご覧いただき、ありがとうございました。

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