西宮市生瀬皇太神社 生瀬地車

イメージ 1

※Yahoo!ブログより移行した記事のため、画像が小さくなっています。あらかじめご了承願います。

西宮市生瀬皇太神宮 生瀬(なませ)地車

◆地域詳細
宮入:生瀬皇太神宮
住所:西宮市生瀬町2-25-1
歴史:生瀬の地名は狭い峡谷を流れてきた武庫川の川幅が広がって、滑らかな瀬に変わっている滑瀬(なめらせ)から由来していると云われる。

◆地車詳細
形式:折衷型
製造年:平成16年
大工:大下工務店 大下孝治
彫刻:川原和夫・川原正士・木下賢治

◆歴代生瀬地車
・先々代(初代?):存在していたかもしれない。明治13年に川面西より地車を借りている。
・先代(二代目?):明治15年頃製作の三枚板式宝塚型、彫刻は辻田友次郎。明治22年に天王寺方面より購入。
現時車新調に伴い平成16年4月22日に昇魂。解体され、基礎は大下工務店が引き取り、破風と彫刻は地車庫に展示している。
・現地車(三代目?):折衷型。平成16年9月26日入魂。

姿見

イメージ 2

左が前方、右が後方

西宮市で唯一の折衷型だんじりです。
大屋根が切妻屋根、小屋根が扇垂木の軒唐破風になっており、大下工務店作の折衷型の基本形です。

折衷型ですが、旗飾りを使用しないため摺出鼻等はつかず、肩背棒は宝塚型風になっています。

イメージ 3

側面より

金網を取り付けていないので、彫刻がよく見えます。
土呂幕は中間の柱の存在を隠し、前後で一つの題材としています。最近の折衷型の流行りですね。

飾目

イメージ 4

上から
大屋根前方:『獅噛』
大屋根後方:『獅噛』
小屋根:『福久獅噛』

天王田の兄弟地車で、表情がとてもよく似ています。
獅子の頭の上に梟を乗せた小屋根の『福久獅噛』は他に類を見ない作品です。

懸魚・桁隠し

イメージ 5

大屋根前方
懸魚・桁隠し:『天ノ岩戸』

縁起の良い神話の題材が採用されています。
正面は垂れ幕がかかっていたので、またいつか撮れたら画像を差し替えます。

イメージ 6

小屋根
懸魚:『牛若弁慶 伍條橋の出会い』
桁隠し:『青龍』

犬が居たり、松や雲海の彫刻が細かく、見ごたえがあります。
桁隠しの龍も大変たくましい作品です。

木鼻

イメージ 7

上が右面、下が左面
木鼻:『阿吽の唐獅子』

胴体より前の部分のみの彫刻で、手に色々なものを持っています。

車板・枡合・虹梁

イメージ 8

大屋根前方です。上から
車板:『宝珠を掴む青龍(5本指)』
枡合:『神武天皇東征記』
虹梁:『七福神 恵比寿天・大黒天』

車板は古風に青龍がおり、3本指ではなく5本指になっているのが特徴です。
枡合・虹梁はどちらも縁起も運気も良い題材です。

イメージ 9

上から
車内虹梁:『司馬温公の瓶割り』
小屋根
車板:『西山上人と生瀬野武士』
枡合:『那須与一ノ的射』

車内虹梁も古風な題材になっています。
小屋根車板の題材は地元ゆかりの題材で、詳細は以下の通りです。

◆西山上人と生瀬野武士の話…
昔、善恵坊証空(ぜんねぼうしょうくう=善恵上人=西上上人)というお坊さんが、有馬の寺院に行く途中の生瀬の琴鳴山の麓で休息をとっていたところ、野武士達が現れ「着物、持ち物全てを寄越せ。」と、脅した。
相手になろうとした宇都宮入道を止めて、上人は、「まぁまぁ、理由を聞こうではないか。」と、荷物を賊に渡した。
上人の立派な態度に賊の意気込みは消え、「私達は平家の落武者である。生きる術が無くなり、旅人から金品を巻き上げて飢えを凌いでいるのだ。」と、境遇を語った。
源氏の出身であった上人は驚き、「平家はこれまで権勢を振るってきたが、戦いに敗れて全てを失った。何時までも良いことは続かない。ましてや悪いことをすれば、必ず報いが来て恐ろしいことになるから心すべきだ。」と、言った。
上人の話を聞いた野武士達は、自分達の行いを恥じて深く反省した。
二度と悪行をしないと約束した野武士達に上人は、「いい事を教えてあげよう。」と、武庫川を指差して、「武庫川は雨が降ればたちまち暴れ川となり、旅人を困らせる。生瀬は西国街道から有馬に行くために必ず通る場所だから、ここに橋を架ければ人々は助かる。渡る人からお金を貰えば暮らすことができるだろう。」と、言った。
こうして極楽橋(現在の生瀬橋)ができたと云われる。

平側枡合・虹梁

イメージ 10

右面です。上から
大屋根枡合:『神功皇后』
大屋根虹梁:『七福神 福禄寿・毘沙門天』
小屋根枡合:『弁慶の最期』

イメージ 11

左面です。上から
大屋根枡合:『素盞鳴尊八岐大蛇退治』
大屋根虹梁:『七福神 弁財天・宝袋尊・寿老人』
小屋根枡合:『安宅の関、弁慶、主君を杖打つ』

妻側と同じく、大屋根の枡合は神話にまつわる題材で統一。
虹梁は七福神、小屋根枡合は源平合戦で統一されています。

脇障子

イメージ 12

脇障子:『須磨寺』

源義経はここで平敦盛の首を確かめたといいます。
背景の咲き乱れる桜が印象的です。

三枚板・角障子・脇障子

イメージ 13

正面
三枚板・右側角障子:『熊谷直実 敦盛呼び戻す』
左側角障子:『平忠度、岡部忠純 組討』

敦盛呼び戻す場面は通常とは前後関係が異なります。

イメージ 14

右面
脇障子・三枚板・角障子:『梶原景季 生田森箙ノ梅』

一の谷合戦で、景季父子は生田森で平家方の多勢に囲まれて奮戦した。
梶原景季が箙(えびら…矢を入れて背負う武具)に梅の枝をさして戦っていたので梅の香りがしたという話。

イメージ 15

左面
脇障子・三枚板・角障子:『一ノ谷鵯越』

鵯越の場所には色々説があるようですが、義経軍が馬と共に崖を下りて奇襲をかけた有名なお話。

土呂幕

イメージ 16

上・中央左
前方:『真田幸村家康本陣急襲』
下・中央右
後方:『本田忠朝最後ノ勇姿』

土呂幕は『大坂夏の陣』で統一されています。

イメージ 17

右面前:『若江ノ戦』

最初の方に書きましたように、土呂幕は大屋根側・小屋根側で一つの題材。
下勾欄が無い分、手前側に溢れるような勢いで彫刻されています。

イメージ 18

右面後:『若江ノ戦』

左の馬乗りが木村重成、それを討つ山口重信。

イメージ 19

左面前:『樫井ノ戦』

右面は『若江の戦』でしたが、左面は『樫井の戦』。
こちらも大屋根側・小屋根側で一つの題材。

左の馬乗りが塙団右衛門直之。馬の毛並み・表情も大変素晴らしいものです。
写真右下の槍を持っているのが八木新左衛門で、この人が塙団右衛門直之を討ち取ったと言われています。

イメージ 20

左面後:『樫井ノ戦』

右の馬乗りが亀田大隅。

台木

イメージ 21

題材は『波濤に鯉・迎蛙』

龍・鯉・玄武…土呂幕に選ばれる題材は様々ですが、蛙は至って最近登場した題材です。
しかし、主役ではなく、あくまで要所にいるイメージです。

蛙には安全に帰る(蛙)の意味が込められています。

金具・要所

イメージ 22

①箱棟:『雲海』 金具は『唐草模様』 金具の間にも彫刻がつきます。
②大屋根後方桁隠し:『雲海』
③勾欄親柱付近:『唐草模様』 勾欄:『干支』
縁葛は忠臣蔵。前方:『刀傷松ノ廊下』 後方:『義士引揚』 右面『吉良邸討入』 左面『清水一学奮戦・吉良討ち取り』
④枡組:『龍・千鳥・獏・獅子』 隅出:『親子獅子』 横槌:『龍・千鳥』
⑤勾欄:『龍』
⑥台木:川原親子の銘が入っています。
⑦先代の彫物:小屋内に展示されています。

最後までご覧いただき、ありがとうございます。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。